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書評

『敗戦は罪なのか オランダ判事レーリンクの東京裁判日記』 戦後の起点 研究活性化を

東京裁判は、日本の戦後史の最も重要な出発点である。しかも、その意義と役割について世界全体としての議論や論争が決着しているには程遠い。日本は被告席に座らせられた国である。いまだに解決されない議論や論争を導く「思想リーダー」は当然日本でなければならない。

日本では、裁判の当事者がたくさんの記録を残し、やがて1980年代になると、多様な視点に立つ個別研究が生まれ、大規模なシンポジウムも開催されるようになった。国士舘大学が東京裁判研究の拠点として活動した時期もあったが、結局日本の研究が世界の「思想リーダー」という形に至る前の2011年、上海交通大学に東京裁判研究センターが発足した。

16年11月、このセンターが開催したシンポジウムに私も参加した。日本の研究者を十分に尊重しつつ中国もまた東京裁判研究をリードするという彼らの熱気に、正直圧倒された。私は日本における研究をバックアップする場所を求め、18年には防衛研究所戦史研究センターの研究者と懇談し、問題意識を共有いただけたのではないかと思う。

それから瞬く間に時が流れていく中で、突然本書を読む機会に恵まれた。東京裁判における少数意見といえば、日本では「全員無罪」を主張したインドのパル判事が圧倒的に有名だが、オランダのレーリンク判事もまた独自の少数意見を表明した一人である。その判事が残した裁判中の日記と70通にわたる書簡を見事に訳出、編纂(へんさん)した労作が本書である。39歳の若きレーリンク判事がパル判事に深く啓発されつつも、戦勝国に平和に対する罪自体の認定権を与えることが、国際法によって戦争をなくしていくためには必要である、ただし、この罪をもって死刑は求刑できないという結論にいたる煩(はん)悶(もん)と葛藤が、手に汗を握る形で描かれている。

しかも、レーリンク氏の感性と好奇心がとらえた70年前の日本人の魂と、「国破れて山河あり」、圧倒的な日本の自然の美しさが見事に透けてみえる。本書を手がかりに、東京裁判に関する意見の多様性を生かしつつ、「思想リーダー」としての日本における東京裁判研究を活性化する知恵と行動力を生み出していけないだろうか。(三井美奈著/産経新聞出版・1870円)

評・東郷和彦(元外務省条約局長)