法廷から

被告は全て語ったか 点滴連続死9日に判決

公判に臨む久保木愛弓被告(イラスト 勝山展年)
公判に臨む久保木愛弓被告(イラスト 勝山展年)

横浜市の旧大口病院(現横浜はじめ病院・休診中)で平成28年、入院患者3人の点滴に消毒液を混入し中毒死させたとして殺人罪などに問われた元看護師、久保木愛弓(あゆみ)被告(34)の裁判員裁判判決公判が9日、横浜地裁(家令和典裁判長)で開かれる。「患者の死を家族に説明するのが辛かった」。終末期医療の現場で働く「ストレス」を犯行動機に挙げた被告に対し、検察側は死刑を求刑。対する弁護側は心神耗弱を主張し無期懲役が相当と訴えており、裁判所の判断が注目される。

無色透明の「凶器」

起訴状によると、久保木被告は28年9月、入院患者の興津朝江さん=当時(78)=と西川惣蔵さん、八巻信雄さん=ともに同(88)=の点滴内に、医療器具の消毒などに用いられる消毒液「ヂアミトール」を混入し中毒死させたほか、別の患者に投与予定の点滴袋5つに消毒液を混入し、殺害する準備をしたとしている。

初公判で「全て間違いありません」と起訴内容を認めた久保木被告。被告人質問などを通じ、犯行に至るまでの詳しい経緯が明らかになった。

平成20年に国家試験に合格した久保木被告は、同年4月に横浜市内の病院に就職した。リハビリ病棟に配属され「大変だったがやりがいを感じた」というが、障害者病棟を担当した際、急変した患者への対応に手間取り家族から責められる経験をしたことで、心境に変化が生じ始めた。

「(家族から)『早くしてよ、死んじゃうじゃない』といわれ、ものすごく不安に感じた」。悩みは深まり、精神科のクリニックを受診するなどしたが、27年4月に退職。翌5月に、終末期医療を受け持つ旧大口病院へ移った。

ただ当然、患者の「死」から逃れることはできなかった。「自分の勤務時間中に患者が亡くなると、家族に説明しなければならない」。不安を募らせた被告は「勤務時間外に亡くなってほしい」と願うようになった。ゆがんだ願望をかなえるために選んだ「凶器」が、病院内で使われていた無色無臭の消毒液、ヂアミトールだった。

次々と容体急変

最初の犠牲者は、ひざのけがで入院してきた興津さん。退院を希望し、病院を抜け出そうとするのを連れ戻すなどしていた被告は、投与予定の点滴袋にヂアミトールを混入。臓器などを侵された興津さんは「おなかが痛い」と訴え、苦しみながら亡くなった。

間を置かず、2人目の西川さんには、投与中だった点滴に直接注射器で混入。3人目の八巻さんには、自身の次の勤務日より前に投与される予定の点滴に混入していた。

だが、容体が急変した八巻さんの処置に当たった別の看護師が、点滴袋が泡立っているのに気づき、事件が発覚。一連の犯行について久保木被告は「人をあやめているという認識はなかった」とし、警察の捜査が入って初めて「悪いことだったのかと思った」と明かした。

責任能力は

旧大口病院では、一連の事件が発覚する約3カ月前から、入院患者約50人が次々と亡くなっていた。公判では、最初の犠牲者である興津さんが、亡くなる2日前、見舞いにきた姉に対し「この病院おかしいのよ。人がいっぱい死んでいくのよ」と話していたことも明かされた。

逮捕前の聴取で「20人ぐらいに消毒液を入れた」などと認めたとされる久保木被告だが、検察側から「起訴された事件の前に、点滴にヂアミトールを入れたことはあるか」と問われると「お話ししたくありません」と、口を閉ざす場面もあった。

検察側、弁護側の双方が被告の鑑定を行った医師の出廷を請求するなど、公判では責任能力が争点となった。

検察側は論告求刑公判で「被告には犯行当時、意思決定に影響を及ぼす幻覚や妄想の症状は認められず、完全責任能力があった」として死刑を求刑した。これに対し弁護側は、心神耗弱状態にあったと主張し「無期懲役に処すのが相当」と訴えた。

「大切なご家族を奪ってしまい申し訳ない」。公判中、声を震わせながら何度も遺族に謝罪した久保木被告。最終意見陳述では「死んで償いたいと思う」と述べた。被告は法廷で全てを語ったのか。償いの気持ちは本心なのか。裁判員の判断が注目される。(宇都木渉)

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