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麻生副総裁のお膝元 個性際立つ石炭つないだ駅

セメント工場に隣接するJR船尾駅。かつては石灰石の積み出し駅だった
セメント工場に隣接するJR船尾駅。かつては石灰石の積み出し駅だった

福岡県の筑豊地方は石炭輸送のため、明治時代から網の目のように鉄道が敷かれた。しかし、昭和30~40年代からの石炭産業斜陽化で全盛期のにぎわいは失われた。時刻表(日本交通公社=JTBパブリッシング刊)の1977年10月号と2010年3月号の路線図を比較すると、貨物輸送がなくなり、赤字ローカル線となって廃止された路線が多いことが分かる。その中で、現存するのがJR九州の筑豊本線、後藤寺線など。この地方の歴史を物語る個性的な駅は多い。

JR田川後藤寺駅(福岡県田川市)から後藤寺線でひと駅のところにある船尾駅(同)。駅の周辺には要塞のような巨大施設がそびえ立ち、インスタ映えする駅として有名だ。この施設は麻生セメント田川工場で現在も操業中。自民党の重鎮、麻生太郎元総理が政治家に転身するまで社長に就いていたこともある会社。明治初めに福岡県内での石炭採掘事業で創業した麻生グループは鉄道やセメントのほか、現在は教育、医療、不動産など幅広く事業を展開。いわば、この地方は麻生さんのお膝元だ。

船尾駅は石灰石、セメントの積み出し駅として生まれ、現在は待合室のみがある無人駅。廃止された貨物列車に取って代わった大型トラックやミキサー車が行き来する近くの踏切の名称は「麻生専用踏切」。駅のベンチは石灰の粉まみれ。列車が踏切を通過すると、白い粉が巻き上げられる様子は、ほかではなかなか見ることができない。

麻生さんの出身地で選挙区、飯塚市にある飯塚駅にも行ってみよう。駅の南側に「筑豊富士」と呼ばれるボタ山を望む。ボタ山は石炭を採掘した際に発生する不要な石や土砂などを積み上げた山だが、草木に覆われたピラミッド型の美しい姿は人工物とは思えない。

田川市石炭記念公園でそびえ立つ二本煙突
田川市石炭記念公園でそびえ立つ二本煙突

JR田川線、伊田線などを平成元年に引き継いだ第三セクター鉄道、平成筑豊鉄道とJR日田彦山線が接続する田川伊田駅(田川市)近くには石炭記念公園がある。田川市は「月が出た出た」でおなじみの炭坑節の発祥の地とされ、公園内には、歌の中で月を煙たがらせた2本の高い煙突や歌碑が立っている。

筑豊地方を走る鉄道は、黒いダイヤ(石炭)、そして白いダイヤ(石灰石)とともに歩んできた歴史を今に伝えている。(鮫島敬三)