勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(345)

王監督解任 勝負の世界は勝たなあかん

王監督(右)をねぎらう阪神の村山監督=東京ドーム
王監督(右)をねぎらう阪神の村山監督=東京ドーム

■勇者の物語(344)

昭和63年シーズンは就任2年目の星野中日がセ・リーグ優勝。日本シリーズは森西武との戦いとなった。シーズン中から「事件」や「騒動」が頻繁に起こり、特に9月は―

◇11日「阪急・山田引退表明」◇13日「南海ホークス身売り」◇14日「阪神・掛布の引退」。そして29日、巨人の王貞治監督(48)の退陣とOB藤田元司(57)の監督復帰が発表された。

東京・紀尾井町のホテルニューオータニ「芙蓉の間」。ひな壇に座った王監督の目は真っ赤だった。

「勝負の世界は何といわれようが勝たないといけない。巨人軍の使命である日本一に一度もならず、正力オーナーはじめファンのみなさんには申し訳なく思っています。5年間も監督をやらせていただいたことを感謝しています」

巨人では異例のシーズン途中での退陣発表。正力オーナーは「5年契約の5年目。任期切れ」と説明したが、その実は「解任」だった。

63年3月に開場した「東京ドーム」のおかげで巨人の観客動員は300万人を突破した。だが、視聴率は下がる一方で、この9月は数試合で10%を切っていた。チーム不振による周辺媒体の弱体―それが王監督の「解任」理由といわれた。

「解任? オーナーと話し合い、最終的にボクの方から〝辞めます〟と言ったんだから、辞任でいいんだよ」

王監督は笑って会見を終えた。

その様子を筆者は阪神・村山監督と一緒に東京の選手宿舎で見ていた。

「こんな会見はええもんやないな。でも、王君は30年間も巨人のユニホームが着れて幸せやったんとちゃうか」

村山監督には〝虫の知らせ〟があったのだろうか。実はこの日の朝、村山は皇居の坂下門を訪ね、天皇陛下(昭和)のご回復を願う記帳を行った。そのとき、何げなくこう話した。

「陛下の前で野球をやらせてもらった者でユニホームを着ているのは、ワシとワンちゃんだけになってしもた」

球場入りした村山監督は静かに打撃練習を見つめる王監督に歩み寄り「お疲れさま」と声をかけ握手した。

「勝負の世界は勝たなあかん。それが掟(おきて)や。ワシもいつかは迎えることやからな」。その試合、阪神は1―9で負けた。(敬称略)

■勇者の物語(346)