美村里江のミゴコロ

ヒイラギの甘い香り

今年は敬愛する向田邦子さんの没後40年にあたる。2度ほどご本人役を演じた人間として、私も座談会や取材にいくつか参加した。好きな人、尊敬している人について語る、あるいは他の人の思いを聞くのはとても楽しい時間である。

私は主にエッセーの方の大ファンであるが、演じることになったときから、時々向田さんの墓前へお参りに行っている(実在した人物を演じる際、その方のお墓へご挨拶にうかがう役者は多い)。

これまで何度うかがったか数えていないが、思い返すと圧倒的に晩秋が多い。親戚でもないのにお彼岸やお盆近辺に参るのは厚かましいし、春先は何かとバタバタしていて落ち着かない。そうして真冬になる前に、ふと向かうことになるのだ。

お花だけ持っていくこともあれば、目新しいお菓子を持参してお参りの間だけお供えすることもある。面白かった本も同様に。特に何か話しかけるということもなく、ただ挨拶をして、向田さんの好きな作品を勝手に思い返して、帰ってくるだけである。

最初にうかがった際、広大な霊園内を導かれたように最短でたどり着いた(時々このような幸運を私は経験するのだが、話は別の機会に)。「著名人のお墓」と考え探していたら見過ごしそうな、質素なたたずまいである。

しかし、いつもきれいに整っている。そしてお花が絶えていたことは一度もない。たとえ少ししおれかけでも、誰かが丁寧に生けたと感じる花がいつもある。

だから花を持参するときは、他の花とけんかしないような白い花を、2輪だけ。左右に1輪ずつ「失礼します」と断って、他の花束に参加させていただく。それでもなじまず浮いて感じるときには、潔く持って帰ることにしている。

園内には樹木も多く、落ち葉の季節は庭師の方が何人も忙しそうに働いている。落葉樹も美しい季節だが、私は入り口から少し入った木陰に植えられた深緑のヒイラギ、その小さな白い花を楽しみにしている。

高い空が澄み渡り、ときには強い風も吹く、そんな冬間近の空気。そこに漂うヒイラギの花の香りの上品な甘さは飽きることがなく、またなんとなく向田さんを思わせる。

ファンとしての自己満足行為ではあるが、今年のヒイラギの花付きはどうか、楽しみにしている現在である。