速報

速報

日大の田中英寿理事長逮捕、脱税の疑い 東京地検

小川前福岡知事死去 災害復旧、産業復興に尽力

福岡県知事選で3選を果たし、一夜明けてインタビューに応じる小川洋氏=平成31年4月
福岡県知事選で3選を果たし、一夜明けてインタビューに応じる小川洋氏=平成31年4月

がん闘病を続けていた前福岡県知事の小川洋氏が2日、亡くなった。突然の訃報に関係者の間に悲しみが広がった。県トップとして3期10年、相次ぐ豪雨災害からの復旧・復興や企業誘致など産業振興に尽力した。「ふるさと発展のためしっかりと地に足をつけて取り組みを進めた」。政財界から悼む声が相次いだ。

小川氏は3月、原発性肺腺がんのため3期目途中で知事を辞職。福岡市内の大学病院に入院し、治療に専念していた。小川氏の後任として県政のバトンを引き継いだ服部誠太郎知事は、記者団に「悲しみに耐えない。元気に回復して、会えることを願っていた」と沈痛な面持ちで語った。

服部氏は、副知事として9年以上にわたり小川氏を支え、4月の知事選でも「小川県政の継承」を掲げて初当選した。10月中旬、見舞いを申し入れたところ、小川氏から「会いたいね。もう少し回復したら退院できる。もうちょっと待ってて」と医療関係者を通じて伝言されたという。

服部氏は「(平成29年の)九州北部豪雨以降、災害が相次ぐ中、自ら被災地に赴き、復旧・復興に陣頭指揮を執った」と小川氏の功績を振り返った。

平成23年、官僚から知事に転身した小川氏は、前任の麻生渡元知事の路線を継承し、自動車やバイオなど産業振興に力を注いだ。「県民幸福度日本一」のスローガンを掲げ、農業振興などにも心を砕いた。2019年のラグビーワールドカップでは先頭に立って試合を誘致した。

後援会長として小川氏を支援した九州電力の松尾新吾特別顧問は「東京で初めて会ったとき、残りの人生かけて郷里に尽くしたいという思い、公平無私な人柄に感銘を受けた」とコメントした。

2期目以降は、県議会最大会派の自民党や福岡市との軋轢(あつれき)が目立った。宿泊税の導入や子供の医療費助成などをめぐって、福岡市の高島宗一郎市長とは対立した。過去2回の知事選で小川氏を支えた自民は、指導力の欠如を指摘し、31年選挙では対抗馬を立てた。

高島氏はコメントを出し「知事と政令市長として、福岡市と県の発展にともに取り組んできた。早期の回復を願っていたが、それがかなわず残念でならない」としのんだ。

九州経済連合会の倉富純男会長は「成長産業の創出やエネルギー分野で多大な功績を挙げ、福岡の地位が著しく向上した」。福岡商工会議所の谷川浩道会頭も「コロナ禍という未曽有の危機に直面し、病気と闘いながら県民の生命と暮らしを守るため奮闘した」とたたえた。(小沢慶太)