学芸万華鏡

「世界の大人向け作家」 漫画家・谷口ジロー作品の「普遍性」

谷口ジロー展では「青の戦士」(左の2枚)と「事件屋稼業」の迫力ある構図が、大きなサイズで堪能できる
谷口ジロー展では「青の戦士」(左の2枚)と「事件屋稼業」の迫力ある構図が、大きなサイズで堪能できる

「孤独のグルメ」「神々の山嶺」など高い画力で名をはせた漫画家、谷口ジロー(1947~2017年)の原画を紹介する「描くひと 谷口ジロー展」が東京都の世田谷文学館で開かれている。没後も、日本以上に海外、とくにフランスで高い評価を受けるその魅力をさぐり、デビュー50年の経歴を振り返る。

原点は動物画

初のオリジナル長編「ブランカ」(昭和57年)で、遺伝子操作された軍用犬を描いた谷口の原点は動物画にある。

鳥取市内の高校を卒業後、本格的に漫画を描き始めた20歳の時、勤務していた京都の会社を退職し上京。動物漫画で知られる石川球太のアシスタントとなり漫画技術を学んだ。46年に「嗄れた部屋」がヤングコミックに掲載され漫画誌デビュー。〝昭和の絵師〟とよばれた上村一夫のアシスタントも務め、「学習漫画 シートン動物記」全12巻のうち、「狼王ロボ」など4巻の作画を担当、動物を描くことを得意とした。

50年代に入ると、同年代の原作者との共同作業が始まる。54年スタートの関川夏央原作「事件屋稼業」はそれまでの作品とは一転、ハードボイルド小説の雰囲気を鮮やかに表現。キャラクター設定について、関川とやり取りしたファクスも展示されている。バンド・デシネと呼ばれるフランスコミックの影響を受けたのが矢作俊彦原作「マンハッタン・オプ」。コントラストの強い都会的な挿絵で、読者を魅了した。狩撫麻礼(かりぶ・まれい)原作の、ボクシングを題材とした「青の戦士」も含め、「〝谷口劇画〟と呼ばれるこの時期の作品の熱烈なファンは多い」と話す同館の小池智子学芸員は「ハードボイルドを描いたあとに動物や、他の題材を描ける幅の広さ、抜群の画力があった」と指摘する。50年代後半は「ブランカ」や山岳漫画「K」(遠崎史朗原作)などで自然の偉大さを表現した。

フランスで脚光

生前、「漫画にできないものはない」と語っていた谷口は1990年代に入ると、独自表現の作品を次々に送り出した。のちにドラマ化された1話完結の「歩くひと」は主人公の表情や風景でストーリーが展開し、セリフがない回も登場する異色作。「遥かな町へ」は故郷と東京、少年時代と現在の自分、父親や懐かしい人々への思いが交錯する回想やタイムスリップの中で描かれた。ただ食べるという日常を描いた「孤独のグルメ」(久住昌之原作)は料理のリアリティーと登場人物の細密な造形で、一つの物語に仕立てた。

日本での連載から約4年後の95年に「歩くひと」のフランス語訳が刊行されると、欧州で谷口作品の評価が高まることになる。故郷で亡くなった父親の葬儀のため帰省した主人公と、父の知人らとのやりとりを描いた「父の暦」は2001年、フランスのアングレーム国際漫画祭で、翌年にはスペインで3つの賞を受賞する。「遥かな町へ」も文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受けた後、アングレーム国際漫画祭のベストシナリオ賞など、各国で次々に受賞した。

今回の展覧会に寄せて、漫画批評家の夏目房之介氏が《谷口ジローはもっともっと評価されなきゃいけないんだって! 日本の漫画家としてじゃなくて、世界の大人向け作家としてね》と推薦文を寄せている。なぜ日本以上に欧州で高く評価されているのか。

小池学芸員は「日本では先に青年コミック誌などに掲載後、単行本化されるので、どの世代をコアな読者層としているかの先入観があるが、いきなり単行本で刊行される欧州では幅広いファンに受け入れられるよう」と分析。そのうえで「描かれているのは日本のかつての風景だが、登場人物の考え方、行動といったテーマに普遍性がある。どこの国だから…ではなく、1人の人間として共感できるからではないか」と見立てる。

追従者なき存在

日本の絵本のように、カラーの美しい絵で展開するフランスの漫画バンド・デシネの影響を受けた谷口には、ルーヴル美術館を舞台にした漫画「千年の翼、百年の夢」もある。同館の所蔵品となる企画で、パリで1カ月間暮らし、毎日ルーヴルへ通い取材したという。ルイ・ヴィトンが自社ショップで限定販売したトラベルブックコレクションでは、ベネチアの様子を描いたことも。芸術や文化の創造・普及面でフランスや世界に貢献した人に与えられるフランス政府芸術文化勲章(シュヴァリエ)も受けている。イタリアからは「マエストロ・デル・フメット(マンガの巨匠)賞」も贈られている。欧州に魅了される一方、欧州を魅了した漫画家だった。

「餓狼伝」「神々の山嶺」の原作者、夢枕獏さんは「谷口ジローの凄いところは、これだけ優れた描き手であるのに、いまだにその追従者があらわれないということだ。模倣者すらあらわれない。だから、谷口ジローの座っていた椅子は、そのまんま、空いたままだ」と最大級の賛辞をつづる推薦文を寄せている。

迫力ある劇画、繊細な表現など50年の漫画家人生が網羅された展示会は令和4年2月27日まで世田谷文学館(東京都世田谷区南烏山1の10の10、03・5374・9111)で。入場料は一般900円、大学・高校生600円、小・中学生300円。毎週月曜と、12月29日~4年1月3日までは休館。