書評

『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』実証の底流に真の祖国愛 

『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』
『帰属財産研究 韓国に埋もれた「日本資産」の真実』

物事を過度に単純化し、レッテルを貼ることは危うい。とはいえ何事によらず、分類し命名するのは議論の第一歩である。日本統治下朝鮮の研究については、従来、左派・リベラル(以下、A系)の考え、すなわち収奪論、民族抑圧論が支配的であった。他方、右派・保守(以下、S系)の立場―植民地近代化、経済成長を強調する―をとる者は少数にすぎなかった。日本でもそうだが、韓国では言うまでもない。実際、韓国のS系論者は親日・売国奴と罵倒され、社会的制裁さえ受けてきた。

本書はS系の書物である―しかし、S系で時折、現れるような印象論、体験論、弁明の類いではない。本格的な実証分析に基づく高度の研究書である。

A系論者はまず本書の序文、第1章に衝撃を受けるだろう。そこには次のような叙述がある。曰(いわ)く、本書では韓国で一般的な用語「日帝強占期」「日帝時代」を排し、「日政時代」を使う。解放後の韓国の経済水準がアジア・アフリカの最貧国以下であったという主張は無知の所産である。当時韓国の資本蓄積は他のどの第三世界諸国とも比較できないほど高水準で、アジアでは日本に次ぐ経済先進国(傍点は評者)であった。それは日本人が残した遺産―帰属財産―の賜物(たまもの)に他ならなかった…。

本書で著者は克明にデータを追う。一般の読者は数字の多さに辟易(へきえき)するだろう。しかしそれがまさに、優れた実証研究なのである。読者は本書に触れて、著者の長年の研鑽(けんさん)、70歳を超えて一書に纏(まと)め世に問う気魄(きはく)を感じ取ることができよう。

S系論者は、著者の主張に膝を打ち、欣快(きんかい)に堪えないかもしれない。しかし著者は、日本人の一部に阿諛追従(あゆついしょう)するのではない。その証しに、著者は韓国での通例に倣って、1945年8月15日を解放と呼ぶ。日本人にとっては敗戦の日、朝鮮で全てを失った日である。この相違は日韓間で埋めることができない(むしろ、この日を解放と書く日本人執筆者の姿勢こそ、韓国への無自覚な阿(おもね)りであろう)。

本書は、真実に正面から向き合う勇気ある韓国人研究者の渾身(こんしん)の作であり、偏しない実証と底流を貫く真の祖国愛は、私たち戦後日本人研究者が、もって範とすべきと考える。(李大根著、金光英実訳、黒田勝弘監訳/文芸春秋・3025円)

評・木村光彦(青山学院大名誉教授)