日曜に書く

論説委員・藤本欣也 一帯一路の源流をたどる

掲揚される中国国旗=北京(ロイター)
掲揚される中国国旗=北京(ロイター)

破綻国家に翻った中国の五星紅旗―。米民間調査機関がこの秋に発表した、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」をめぐる調査結果を知ったとき、頭に浮かんだ光景である。

習近平国家主席が一帯一路を提唱した2013年以降の5年間で、アジア、アフリカなどの途上国向け開発援助額が年平均850億ドル(約9兆6千億円)に上ったという。米国の2倍以上、日本の3倍以上になる。

中国の国家戦略上重要な国々を自らの影響下に置くため、支援漬けにしようとする一帯一路の一端がうかがい知れる。

アフガンが危ない

8月末の米軍撤収以降、混乱が続くアフガニスタンも中国の主要ターゲットの一つだ。米軍のいない間に中国が経済を武器に影響力を拡大させるのでは―との懸念が渦巻いている。

中国の対アフガン投資といえば、忘れられない取材がある。ちょうど中国のエネルギー消費量が米国を抜き世界最大となったとされる09年、中国が一体どのように資源を買いあさっているのかを取材しようと、アジア・アフリカに長期出張した。

その際、最初に訪れた国がアフガンだった。当時、首都カブール南郊に位置するアイナク銅鉱山をめぐり、一大スキャンダルが持ち上がっていた。同鉱山の採掘権を落札した中国国有企業が、担当大臣に巨額のワイロを贈っていたというのだ。

カブール入りした私はまず、疑惑の鉱山大臣宅に向かった。その日はたまたまイスラム教の犠牲祭の期間中で、邸宅前には訪問客らが集まっていた。

日本人は、アフガンの諸民族のうちハザラ人と顔立ちが似ている。大臣はハザラ人出身。そのことが幸いしたのか、何食わぬ顔をして立っていた私も一緒に邸内に招かれた。

広大な客間に入ると、あるわあるわ、〝中国〟がたくさん飾られていた。採掘権を落札した中国企業の社長と大臣が2人で納まった写真が棚に3枚あり、同社の企業カレンダーや中国の掛け軸が壁に並んでいた。

警察に護衛されて

大臣が現れた。一人一人と挨拶を交わし始めた。20人ほどが終わり、私の番になった。「日本のジャーナリストですが…」と白状しようと口を開く前に、大臣が笑って言ったのだ。

「あなたのお国には犠牲祭はないでしょう?」(えっ、どうして日本人だと分かったのか…いや違う!)。そのとき、ようやく自分が中国人に間違えられていることに気が付いた。これまでに何人もの中国人が邸宅に招かれていたのだろう。

数日後、鉱山省でインタビューをした。応接室にも08年北京夏季五輪のロゴ入りの家具が臆面もなく置かれていた。大臣はインタビューで疑惑を全面否定したが、中国側との緊密な関係は隠しようがなかった。

アイナク銅鉱山は、カブール中心部から車で1時間ほどの距離にある。ただ、当時もアフガンの治安は極度に悪く、カブール郊外は特に危険だった。ならば、どうするか。今となってはどんな手を使ったのか覚えていないが、結局、地元警察のパトカーに先導してもらい、アイナクを目指すことになった。

警察の力でいくつかの検問所は通過できたが、アイナクの直前で小銃を手にした兵士らに囲まれた。「ここからは特別な許可がいる」と通告された。中国の銅鉱山は、アフガン政府の治安部隊に守られていたのだ。

中国の資源獲得術

アフガンを取材した後、アフリカのスーダン、アンゴラ、ザンビアなどを回ったが、状況は似たり寄ったりだった。米欧が相手にしないような問題国家に中国の真っ赤な国旗が翻っていたのである。

強調したいのは、これは習氏が一帯一路を提唱する前の話だということだ。12年に習体制が発足する以前の話でもある。

取材を通じて分かった当時の中国の資源獲得術とは、①人権状況や非民主体制などが問題視されている国に、援助の手を差し伸べる②ビジネス環境が極度に悪く、他国が投資を手控えている国に進出する―だった。

まさに一帯一路と同じではないか。習氏の提唱後、援助・投資が急増したのは間違いない。しかし、その前に一帯一路の原型は存在していたのである。

国際社会は、膨張政策を推し進める習氏への警戒を強めているが、中国共産党の支配システムそのものは1921年の結党以来、形作られてきたものだ。共産党独裁の闇の深さを忘れてはならない。(ふじもと きんや)