聞きたい。

山崎光夫さん 『鷗外 青春診療録控 千住に吹く風』 町医者時代は魅力の源泉

山崎光夫さん
山崎光夫さん

明治の文豪・森鷗外(林太郎)には若き日、町医者の時代があった。

「人生の研修期ともいえる時代。鷗外の魅力の源泉がここに凝縮している気がする」と作家、山崎光夫さんが描いた連作短編集。

林太郎は明治14年3月に東京大医学部の卒業試験終了後、同年12月に軍医として陸軍省に出仕するまで、父・静男が東京・千住に開いた「橘井堂(きっせいどう)医院」を手伝っていた。当時、試験の成績が振るわず文部省による官費留学の道が閉ざされ、進路が決まらない煩悶(はんもん)の時期だった。

『鷗外 青春診療録控 千住に吹く風』
『鷗外 青春診療録控 千住に吹く風』

「この間、迷いや焦燥、苦悩、自分は何をしたいのか、いかに生きるべきか…人生の根本的な悩み、問題意識が集約され、それが後年に生かされている」

この頃の症例も登場する作品『カズイスチカ』、自伝的小説『ヰタ・セクスアリス』、日記や全集などを基にエピソードや人物をちりばめ、肉付けした。

例えば、「落架風(らっかふう)」と呼ばれた下顎脱臼の整復治療で地道な研鑽(けんさん)の必要性を学ぶ「夢のつづき」、静男に暴言を吐く患者の心理、医師のあるべき姿勢を知る「赤い糸」など全9話。

後の『渋江抽斎』など史伝三部作執筆につながる漢詩の師・佐藤元萇(げんちょう)との出会い、北辰一刀流・千葉道場の娘で坂本龍馬の許婚(いいなづけ)ともされる千葉さなとの交流、親戚筋の啓蒙(けいもう)思想家、西周(あまね)の叱咤(しった)激励、生涯の友となる賀古鶴所(つるど)との友情など。

さらに林太郎を飛躍させたのが明治人の気概だ。

「森家は津和野藩典医の家柄だが、林太郎を日本の中心で活躍させたいと一家で上京した。彼が立身出世しないと森家は潰れるという重圧もあった。家や国家をいかに大事に思い、尽くせるか。明治人の気骨のようなものも伝えたかった」

令和4年は鷗外の没後100年。山崎さんは「鷗外には堅苦しいイメージもあるが、無駄がなく、澄み切った文章。戯曲や翻訳ものもあるので、いろいろと親しんでほしい」と推した。(中央公論新社・1870円)

三保谷浩輝

【プロフィル】山崎光夫

やまざき・みつお 昭和22年、福井県生まれ。早稲田大卒。放送作家、雑誌記者を経て、作家に。平成10年、『藪の中の家 芥川自死の謎を解く』で新田次郎文学賞。小説、ノンフィクションの著書多数。