一票の価値

弾圧続く海外からの警鐘、投票の重みとは

海の向こうには日本の常識は通用しない。民主派への弾圧が続く香港、クーデターに揺れるミャンマー。世界では今、強権体制が跋扈(ばっこ)し、民主主義は危機に直面している。自分の意志で一票を投じることができる重みとは何か。日本にいながら母国を思う人たちが、その意義を語った。

民主派は立候補できず

2019年11月、香港。在日香港人の民主活動家、ウィリアム・リーさん(28)=東京都=は群衆の中にいた。

中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正に反対する大規模デモ。仲間と現場の写真を撮影していたとき、警察官に後ろから突き飛ばされ、拘束された。理由は公務執行妨害だった。「逮捕は想像もしておらず、衝撃的だった」。約46時間後に保釈され、失意のまま日本に戻った。

香港はその後も混迷の中にいる。昨年6月、中国の体制に反対する言論や活動を取り締まる「香港国家安全維持法(国安法)」が施行。規模を問わず、デモなどで市民が声を上げることは厳しく制限された。

選挙でも同じだ。今年9月に実施された、行政長官らの選出で大きな権限を持つ「選挙委員会」(定数1500人)の委員選挙。立候補には「愛国者」かどうかの審査が必要となり、民主派は立候補すらできなくなった。さらに投票資格を持つ人は、前回(2016年)の約25万人から約8千人に激減。「香港人が選挙に参加できる範囲はどんどん狭まっている」。ウィリアムさんは肩を落とす。

政治への関心が諸外国より低いとされる日本の現状はどう映るのか。憲法で参政権が保障された日本の選挙制度は「とても幸せでうらやましい」。その半面、「投票に行かなくても生活は変わらない」と考える日本人の動向は気がかりだ。

「政治家が必ずしも正しいことをやるとはかぎらない」とウィリアムさん。民主化活動が活発になる前の香港とも似た空気を感じるといい、自戒を込めて警鐘を鳴らす。

「香港人は民主主義の危機に直面して行動したが遅かった。日本の人々には同じような苦痛を味わってほしくない」

母国・ミャンマーへの思いや選挙の意義について語るアウン・ミャッ・ウィンさん=大阪市住吉区(桑村大撮影)
母国・ミャンマーへの思いや選挙の意義について語るアウン・ミャッ・ウィンさん=大阪市住吉区(桑村大撮影)

「武力で選挙覆る」

日本に住むミャンマー人も思いは変わらない。「ミャンマーでは選挙に行っても、結果が武力で簡単に覆される。民主主義を取り戻すため、今も多くの若者が闘っている」。ミャンマー難民のアウン・ミャッ・ウィンさん(47)=大阪市=はこう母国への思いを口にする。

2月、国軍がクーデターで実権を掌握。国軍は、アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝した昨秋の総選挙に不正があったと主張しており、選挙結果も無効となった。ミャンマーでは連日、軍事政権に対する大規模な抗議デモが行われ、すでに千人以上が犠牲になったとされる。

少年時代から母国での民主化運動に加わったアウン・ミャッ・ウィンさん。スー・チー氏の演説ビデオを配ったなどとして、国軍に2度拘束されたこともある。「命が危ない」。1997年に船員として出国し、翌年に寄港先の広島から日本に入った。

東京の焼き肉店で働いていた2002(平成14)年に不法滞在容疑で逮捕され、執行猶予判決を受けた。2004(同16)年に難民認定され、その後は関西学院大などで国際人権法を学んだ。

世界には、そもそも選挙がなかったり、選挙結果を受け入れてもらおうと命がけで行動しなければならなかったりする国がある。民主主義の重みを知る一人として、衆院選を目前にした日本人にこう呼びかける。「自分たちがいかに恵まれているかを実感するため、世界に目を向けてほしい。日本は投票に行くだけで未来が変えられるのだから」。(小川原咲、桑村大)=おわり

シリーズ【一票の価値】
  • ■若者が投票所に向かう日は

    選挙のたびに課題となる若者の低投票率問題。「投票しても何も変わらない」との無力感が背景にあるともいわれるが、若者が政治に無関心になればなるほど、高年齢層の意向が強く政治に反映される「シルバー民主主義」がはびこるともいえる。

  • ■ネット投票、コロナ禍で高まる待望論

    わざわざ投票所に行かなくても、スマートフォンや自宅のパソコンから投票ができないのか。そんな思いを持つ人も少なくないだろう。新型コロナウイルスの収束が見えぬ中、「インターネット投票」に関心を持つ人は多い。