話の肖像画

元ソニーCEO、クオンタムリープ会長・出井伸之(83)25 デジタル戦略、日本に必要な「覚悟」

IT戦略会議の終了後、森喜朗首相(右)と福田康夫官房長官(左)とともに=平成12年11月
IT戦略会議の終了後、森喜朗首相(右)と福田康夫官房長官(左)とともに=平成12年11月

《政府のIT戦略会議の議長を務め、日本のIT戦略の取りまとめに貢献した》


小渕恵三さんが首相だったときに戦略会議に呼んでいただいたのですが、そのときはソニーの経営との両立が難しくてお断りしました。「悪いことをしたな」と思っていたら、小渕さんが急逝され、次に首相となった森喜朗さんから、今度はIT戦略会議の議長にと声をかけていただきました。2人とも早稲田大学の同期だった縁もあって、小渕さんへの義理を果たすつもりで引き受けたのです。

平成12年7月に始まったIT戦略会議では、情報通信を中心に各分野の民間企業トップが集まり、日本をIT立国にするための国家戦略を議論しました。

「5年以内に世界最先端のIT国家を目指す」とうたった草案では、NTT社長(当時)の宮津純一郎さんの協力を得て、17年に3千万世帯が高速インターネット網を利用できる環境を整備するといった具体的な目標を打ち出しました。電話網のインフラを使ったブロードバンドの普及を後押しできたのは大きな収穫でした。

このほか、電子商取引の規制緩和や電子政府の実現、高度なIT人材育成などの目標を盛り込みましたが、その後、具体策は進みませんでした。


《IT戦略会議の開催から20年が経過した。世界は巨大IT企業が支配力を高め、デジタルの世界は一変した》


IT戦略会議での議論を経て、IT基本法が成立しました。政府はその後もデジタル関連の政策や成長戦略を策定してきましたが、日本のデジタル環境はそれほど変わっていないように思います。IT戦略会議で副議長を務められたのは、慶応大学の村井純教授でした。つい先日、村井さんが出られているフォーラムを聞きに行ったら、僕に気づかれ、「出井さんと20年前も同じような議論をしていました」と言われていました。

総論である全体目標は立てられても、そこに至る具体策になると、課題を全て解決してからというのが、官庁の基本姿勢のように見えます。しかし、課題解決を待っていたら、取り残されていくというのがデジタル技術の世界です。

新型コロナウイルスの感染対策で、皮肉なことに、テレワークやオンライン診療が一挙に容認されるようになりました。今年9月にはデジタル庁が発足するなど、取り組みが加速する機運は高まっていますが、コスト削減や遅れを取り戻すだけの守りのDX(デジタルトランスフォーメーション)だけでは不十分です。

ビジネスモデルの変革や新しいサービスの創造、新しい顧客接点の構築につながる攻めのDXにより、欧米や中国をリードしようという覚悟が必要です。たとえば「DX基金」を創設して、ブロックチェーン(分散型台帳)などの最先端技術への投資と研究開発に日本全体で取り組むべきだと思います。

「インターネット隕石(いんせき)」は従来の事業区分・行政区分の壁も破壊しました。今やあらゆる機器がインターネットにつながり、テレビ放送はスマートフォンやタブレットでも見ることができますし、電話も電話機以外から通話できます。その中で、新しい事業は従来の区分に捉われない形で生まれ、最先端技術はさまざまな事業領域で利用されています。たとえばブロックチェーンは暗号資産に代表される金融系にとどまらず、物流や契約などの領域でも使われます。

新しい事業や最先端技術への取り組みを従来の行政区分で管理しようとすること自体に無理があります。ブロックチェーンやその周辺技術に対して、日本ではルール作りが進んでいません。その間に仕方なく海外に出ていく企業が出てきていることを危惧しています。(聞き手 米沢文)