施光恒の一筆両断

中間層の再生こそイノベーションの条件

ボウリング場の西新パレスボウル(福岡市早良区)が来年3月に営業終了だそうだ。中高生時代から私はよく利用した場所なので寂しい。日本ボウリング場協会によると、ボウリング場は昭和40年代のブーム時と比べて約8割も減った。ブームが去って久しい平成10(1998)年と比べても約35%も減っている。

日本では近年、ボウリングだけでなく、趣味や娯楽に親しむ人が著しく減少した。博報堂生活総合研究所の三矢正浩氏によれば、ここ約20年の日本人の趣味や娯楽に関する調査から見えてくるのは日本人の「趣味離れ」の傾向だそうだ(「『無趣味になっていく日本人』の実態と背景事情」東洋経済オンライン2019年2月19日配信)。

三矢氏はこの20年間、日本人の生活が経済的に貧しくなったことが原因だと推測している。

今回の衆議院議員総選挙の主要な争点の一つは、経済政策において所得分配と経済成長のバランスをどうとるかである。「分配なくして成長なし」なのか、「成長なくして分配なし」なのか。どちらも一理あるだろうが、私は近年、ほとんど注目されなかった分配の側面、つまり公正な経済社会を作り、中間層を再生させることの効用について議論を深めてもらいたいと思う。

経済成長の鍵は、イノベーション(新奇なものの創発)である。イノベーションがどのように生じるかは諸説ある。ただ間違いなく言えるのは、多数の人々の活発な試行錯誤から生じるということだ。

大衆文化の領域でもそうだ。政府も近年、クールジャパン政策などで注目してきたように、日本はこれまで魅力的な文化を数多く生み出し、世界を魅了してきた。古くは浮世絵、近年ではカラオケ、マンガ、ゲームなどである。これらはいずれも一般庶民の生活が安定し、趣味や娯楽にお金と時間を費やすことができたから生じた。カラオケやマンガは、昭和の「一億総中流社会」が生み出したものだ。

江戸時代の大衆文化も同様だ。例えば園芸である。浮世絵に比べてあまり知られていないが、江戸時代の日本の園芸文化は世界一の水準だった。田中孝幸氏(東海大教授、園芸学)は次のように述べる。