つい手が伸びる豆菓子の秘密 「雀の玉子」ノウハウ伝授 進化続ける

「雀の玉子」
「雀の玉子」

「雀(すずめ)の玉子」という豆菓子をご存じだろうか。濃い茶色におおわれた直径1センチほどの球形。しょうゆのしょっぱさとカリッとした食感のあとに口の中で広がるピーナツの香ばしさが特徴で、冨士屋製菓本舗(大阪府富田林市)の看板商品だ。同様の豆菓子は西日本を中心に「雀の卵」「すずめの卵」など複数の会社から販売されている。一部の会社間では研修人員を派遣したこともあるなど、業界の盛り上げを図っているという。雀の玉子はいかに広がったのか、発祥とされる冨士屋製菓本舗を訪ねた。

すべてがシンプル

富田林市西部、南海滝谷駅の近くに建つ冨士屋製菓本舗の工場内に入ると、焼き上げたピーナツとしょうゆの香りが漂ってきた。

「雀の玉子」は、ピーナツに、もち米を加熱後粉にした寒梅粉(かんばいこ)などをコーティングし焼き上げた豆菓子。「祖父の創業当時から、製法自体ほとんど変わっていない」と3代目の北野登己郎(とみお)社長(56)は話す。

祖父の留三郎氏は大正2年、大阪・天王寺の冨士屋製菓に奉公し昭和28年、のれんを引き継いで冨士屋製菓本舗を立ち上げた。冨士屋製菓で作られていた豆菓子をそのままに受け継いだのが雀の玉子だ。

主な材料はピーナツ、寒梅粉のほか、小麦粉、砂糖水。製造工程もピーナツに寒梅粉などをまぶす「粉かけ」▽直火で焼き上げる「焙煎」▽たまりしょうゆとのりをかける「味付け」▽水分を飛ばす「乾燥」-といたってシンプル。「100年変わらない味」(北野社長)。工程も味も変わらぬ素朴さをもつ。

雀の玉子という商品名の由来ははっきりしないというが「職人たちが、雀の卵のような見た目から付けた愛称が定着したのではないか」(北野社長)という。

企業間の交流

実は各地に同様の豆菓子がある。いなだ豆(福岡県大牟田市)の「雀の卵」▽千成堂(熊本県益城町)の「満天すずめ」▽岩田コーポレーション(熊本市)の「すずめの卵」▽大阪屋製菓(鹿児島市)の「雀の学校-雀の卵-」▽豆源(東京)の「おのろけ豆」-などだ。

いずれもピーナツに寒梅粉をかけ、しょうゆで味付けして焼き上げる製法が基本で雀の玉子とほぼ同じだ。中には、冨士屋製菓本舗で菓子作りを学んだ会社もある。

いなだ豆の稲田秀成社長は「レシピもノウハウも惜しみなく公開し、修業する豆菓子屋の子弟らに教えてくれた。粉かけや焙煎を現場で経験させてもらったことが、各地の豆菓子メーカーの今につながっている」と話す。

いなだ豆の「雀の卵」は見た目の雰囲気から命名。他の菓子メーカーが商標登録していたため買い取った。他社にも自由に使ってもらっているという。「名前を浸透させ、商品を盛り上げていきたい」。

千成堂も「かつて冨士屋製菓本舗で修業した人もいたようだと聞いている。学校のように各地から研修を受け入れ、同業者内で知られた存在だったようだ」と話す。

現在では社員の研修交流はしていないが、各社は雀の玉子タイプの豆菓子について「大阪生まれだと思う。『冨士屋』が絡んでいただろう」(いなだ豆)と、冨士屋製菓本舗が「元祖」のような存在との認識を示す。

業界盛り上げ

「雀の玉子」タイプの豆菓子はなぜ広まったのか。

国内で生産される豆菓子を分類すると、殻を剝いて味付けしたピーナツ「バタピー」が圧倒的に多いという。一方、寒梅粉をかけて加工する「雀の玉子」のような豆菓子は「かけ豆」と呼ばれ、西日本に多い。

日本ピーナッツ協会は「理由ははっきりしないがかけ豆は歴史的に西日本が多い。冨士屋製菓本舗のような存在感のあるメーカーがあったことも影響しているのではないか」という。

冨士屋製菓本舗が手掛ける豆菓子。中央は「雀の玉子」
冨士屋製菓本舗が手掛ける豆菓子。中央は「雀の玉子」

冨士屋製菓本舗は、創業者の留三郎氏の時代から積極的に他社から研修を受け入れていた。戦後復興で原材料が調達しやすくなったことを追い風に生産を拡大。業界での存在感を高めると、九州、中・四国などの豆菓子メーカーの経営者や製造責任者らを住み込みで受け入れたという。

北野社長は「初代は他の豆菓子や米菓といったライバルが出てくる中で、いかにかけ豆を食べてもらえるかを考えていた。豆菓子全体のパイを広げようという情熱でノウハウも伝授していた」と話す。

伝統守り挑戦

冨士屋製菓本舗は伝統を守る一方、新たな挑戦も続けている。2000年ごろから安価な中国製が流通し、価格競争が激しくなった。北野社長は「挑戦をしなければ立ちゆかない」。

雀の玉子のノウハウを生かし、豆をピーナツだけでなくカシューナッツ、アーモンド、大豆、黒豆などに増やした。さらに味付けもしょうゆだけでなく野菜、抹茶、きな粉などを加えた。百貨店などに販路を広げている。

伝統の豆菓子は進化を続け、次の時代に伝えられようとしている。(大島直之)