フジツボが貼り付く仕組みを応用、新しい「医療用接着剤」が瞬時に止血するメカニズム

患者の救命率を向上させる

公平を期すために言うと、TachoSilのような凝血パッチ剤は、凝血不能な傷を負った組織からの大量出血を止めるために開発された製品ではない。しかし、医療の現場ではそうしたニーズが満たされないままになっているのだと、メイヨー・クリニックのチームメンバーで心臓麻酔医と救命救急医を兼務するクリストフ・ナブズディクは指摘する。

「高齢化が進むにつれ、後天的に出血性の病気を患う人や、抗凝血剤を処方される患者がますます増えています」と、ナブズディクは言う。「出血とその管理に関する問題は非常に重要です」

さらにナブズディクとサラフィアンは、大量出血を止められるうえに濡れた傷口にも使える安価な接着剤を常備できれば、患者の救命率は向上するだろうと語る。特に荒地や戦闘地域、発展途上国といった、外科的な医療資源が不足している場所で役に立つはずだという。

「原料に目新しいものはひとつもありません。しかし、このコンセプトは非常に魅力的で斬新です」と、ハーバード大学医学大学院の研究室で室長を務める生体医学工学者のシュライク・チャンは言う。シリコーンオイルや接着成分といった原料はいずれも珍しいものではないが、それらを組み合わせることで素晴らしいものが生まれる。「結論を出すには早すぎますが、動物実験のデータにはかなり説得力があります」と彼は語る。

課題を克服できるか

しかし、スタンフォード大学心臓外科レジデントのワンによると、この接着剤を人間の治療に用いるには改善すべき点がまだいくつかあるという。緊急処置として傷口をふさいだり、周辺の健康な組織にこびりついたりした接着剤の塊が、その後の外科治療を難しくする可能性があるのだ。「問題は、あとでその箇所を手術できるかどうかです」と、彼は言う。

そこでユクらのチームは、「フジツボ接着剤」をはがす方法を考案した。ラットを使った予備実験の結果は良好だという。

彼らは接着剤がどれだけ長持ちするかを見極めたいとも考えている。組織が自然に治癒するまで溶けずにいることが理想だが、永久にそのままであっても困る。

こうしたなかラットを使った別の実験の顕微鏡画像から、「フジツボ接着剤」は12週間以内にほとんど溶けてしまうことが新たにわかった。傷の具合や回復状況にもよるが、十分な日数と言えるだろう。

もうひとつの課題は、ほかの接着剤のなかには時間が経つと組織を殺してしまうタイプのものがあるということだ。ワンもユクも、長期的な調査が不可欠だろうと指摘している。これまで最長の観察期間としては、ブタを使ったメイヨー・クリニックの実験で、接着剤を塗布してから約1カ月後に臓器からの出血が確認された例がある。

信頼性の高い縫合糸に代わって接着ペーストが使われるようになるには、まだ多くの年月が必要かもしれない。だが、外科医も機械技術者たちも、患者の体を素早く元に戻し、機械に油を差すように再び動かしてくれる優れた接着剤の登場を心待ちにしている。

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