フジツボが貼り付く仕組みを応用、新しい「医療用接着剤」が瞬時に止血するメカニズム

MITの技術者たちは、生物の世界にヒントがあるかもしれないと考えた。「自然界の進化を支える原動力は『生き残ること』です」と、ユクは言う。解決したい問題があるなら、進化によってその問題を解決した生物を見つければいいのだ。

自分たちが注目したのはフジツボだったと、彼は言う。フジツボは気味が悪いほど何にでもくっつく生き物だからだ。「岩にも錆びた鉄にも、クジラの皮膚やカメの甲羅のようにぬめりのある場所にも貼りついていますよね」

フジツボが貼り付く秘密

フジツボがどこにでも貼り付くのは、「額(ひたい)」に当たる部分にあるセメント腺から接着性のたんぱく質を分泌しているからだ。

しかし、その“秘伝のソース”…というより秘密のオイルとでも呼びたくなる物質には、さまざまな脂質成分が含まれている。たんぱく質が十分に接着効果を発揮できるよう、そのオイル成分が対象物の表面の汚れを洗い流しているのだ。「つまりフジツボは、狙った場所を自分たちが生息しやすいように整えているわけです」と、ユクはその即効性のある優れた接着力の理由を語る。

出血している生き物の傷口をふさごうとするなら、フジツボと同様の特別な力が必要になる。ユクによると、さまざまな血液細胞を含む血液は均質ではないことから、ある意味で「汚染された液体」なのだという。接着剤の働きを生かすには、これらの細胞を除去しなければならない。

そこで本物のフジツボを試験用の接着剤として使う代わりに、ユクらはフジツボのたんぱく質を一種の化学的基準として参照し、高圧のバリア物質を開発した。粘着性のたんぱく質粒子の代替品として、彼らが以前開発した生体適合性をもつ接着シートが再利用されたのである。

このシートは、さまざまな有機分子や水、甲殻類の外殻に含まれる糖質のキトサンでつくられている。フジツボはキトサンに似たキチンと呼ばれる物質を分泌する。またキトサンはすでに外傷被覆材として広く利用されている。ユクらはこの接着シートを低温粉砕機にかけ、直径100分の1ミリメートルほどの微細な破片に加工した。

血液をはじく撥血剤として彼らが用いたのは、手術器具用の不活性潤滑剤として、また網膜剥離患者の硝子体液の代用品として、すでに医療の現場で使われているシリコーンオイルだった。こうして粉砕した接着シートの微粒子とこのオイルを混ぜ合わせ、見た目も触感も歯磨き粉のような白く濁った接着剤が完成した。

生きた動物でも実験は成功

完成したペースト剤は、組織サンプルをいかに隙間なく素早く密封できるかを審査する一連の厳しいテストを通過した。

ユクがシリンジを使ってブタの心臓の断片にペーストを絞り出し、小さな金属ヘラを上から押し当てる。すると、その勢いでシリコーンオイルが接着面の細かいゴミや液体を押し流した。それと同時に粘着性の微粒子の塊と、組織の表面から突き出したたんぱく質の周縁部とが固く結びつく。こうしてペースト剤は、わずか数秒のうちに組織に強力に貼りついた。

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