一聞百見

高齢者ケアは究極のサービス業 社会福祉法人「由寿会」 由井直子理事長

新型コロナウイルス禍での自粛が高齢者に大きな影響を与えていると語る由井さん=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)
新型コロナウイルス禍での自粛が高齢者に大きな影響を与えていると語る由井さん=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)

東大阪市内を中心に特別養護老人ホーム、地域包括支援センターなどを運営する社会福祉法人「由寿(よしじゅ)会」。平成9年に法人を設立し、理事長を務める由井直子さん(65)は高齢化が進む状況の中、「利用者の笑顔のために」をモットーに、さまざまな活動に取り組む。その思いと、自ら医師への道を歩むきっかけとなった原風景は昭和30年代当時、東大阪の町医者だった父親の背中だった。

原点は土間の高齢者

由寿会は特養老人ホーム(4拠点、定員322人)、デイサービス(3拠点、定員129人)など、さまざまな高齢者サービスのほか、認定こども園などの保育サービスを展開している。楽しみなのが現場に赴き、サービスを利用する高齢者らと話をすることという。

「高齢者の方のとてもいい表情を見るのが私の喜びです。うちに来られたときは状態が悪かったのに、元気になられて。また、それを見て職員がにこにこ、いきいきして働いているのを見るとうれしくなります」

すべてはあの経験から始まった。戦後、高度成長の一方で、まだ貧しさが残る30年代。後に枚岡病院(同市)を設立する父親の川西主(つかさ)さん(故人)は当時、自宅開業医だった。

「居間の隣が診察室。診療所での出来事は私の生活の一部でした。入院する方もいて、食事は私たちが作って、運んでいました。高齢者が多く、おばあちゃんの部屋にご飯を運ぶといった感じ。救急病院とかもなく、開業医がすべての地域医療を担っている状況でした」

子供時代、父親から往診に「カバン持ちでついてこい」と言われた。いろいろな状況で人々は暮らしていると目の当たりにした。

「往診に行くと、土間に寝かされ、異臭がする高齢者がいる。一方で、お座敷でふかふかの布団にいる方もいる。介護施設などない時代。行き場がなく自宅で介護されている姿に、子供心に驚きました。今でも光景が浮かんできます」

由井さん(左)と父親の川西主さん。父との体験が高齢者サービスの仕事に取り組む原点となった(由寿会提供)
由井さん(左)と父親の川西主さん。父との体験が高齢者サービスの仕事に取り組む原点となった(由寿会提供)

そんな現場に昼夜を問わず、休みの日でも駆け付ける父親の姿は誇りだった。

「いろいろな人に分け隔てなく接する姿、病人へのずさんな対応にきつい言葉で指導する姿。地域のために働く親の姿にあこがれ、それが私も医師になるひとつの要因になりました」

医師となり、急性期、慢性期の混合型病院に勤務した。そこでも急性の病気は治っているのに、家庭の事情で家に帰れなかったり、病院をたらい回しされたりする高齢者を見た。「高齢者にとっての最後の良い住処(すみか)をつくってあげたい」。子供のころからの思いが41歳にして、由寿会の設立に結実した。

コロナ自粛「もう待てない」

社会福祉法人「由寿会」を設立した由井さん。高齢者の明るい表情に接するのが喜びと語る=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)
社会福祉法人「由寿会」を設立した由井さん。高齢者の明るい表情に接するのが喜びと語る=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)

昨春から吹き荒れる新型コロナウイルス禍。「由寿会」では、入所者、職員のワクチン接種を早期に行うなど、感染拡大の防止策を推進してきた。そんな状況の中、新型コロナによる「自粛」で自立高齢者が弱っていくという現実を目の当たりにしたという。

「この1年ぐらいで、あんなに元気だった方が、認知機能が低下したり、足腰が弱くなったりと、こんなにも衰えたのかというケースが私の周りで多くあります。家にこもっていることが、高齢者にとって心身ともに弱ることにつながると感じました」

由寿会には施設利用者の家族や関係者、地域住民らとの交流を深める「アーバンケア友の会」という組織があり、講演会や親睦旅行、グラウンドゴルフ大会などを開いてきた。どうしても交流の範囲が狭くなったり、遠い所へ行けなくなったりする高齢者の楽しみの場となっていたが、新型コロナ禍では、しばらく活動を自粛していた。

「ある会員の方がすごく弱っているのを見て、これはもう待っていられないという気持ちになりました。自粛してきましたが、もうそんな訳にはいかないので、活動をやります。もちろん感染症対策をした上で人数とかも考えながらですが。弱っていく前段状況の方はまだ戻れる、いま戻してあげないとと思います」

東大阪市内にある各施設では、地元小学校での介護体験やお祭り、餅つき大会など、さまざまなイベントで地域との交流を図っている。その中でユニークな内容なのが、認知症高齢者の保護訓練。街中を徘徊(はいかい)している認知症の高齢者を参加者が探し出して施設に送り届けるという設定だ。

「ゲーム的な感じで、訓練の後はカレーパーティーも開いています。狙いは訓練を通して街の人みんなを顔見知りにするということ。地域の中で、あれはどこそこのあの人やと分かれば、大変なことにならないうちに家にお連れできますから」

由寿会の本部が入る介護老人保健施設アーバンケア=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)
由寿会の本部が入る介護老人保健施設アーバンケア=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)

由寿会は平成27年、西日本で初めて、認知症に関する相談を受け付ける「認知症相談支援・研修センター『結』」を立ち上げた。認知症になった場合、本人が支援を拒否したり、家族が一人で背負い込もうとして負担が大きくなったりするケースが多々ある。「結」は相談を受けて課題を解決し、認知症の方や家族が安心して暮らせることを目指すものだ。

「高齢者が増えてきたら、比例して認知症も増えてきます。認知症になったとき、家族はどうしていいか分からなかったり、大きなショックを受けたりします。ケアマネジャーら専門職の方でも対応が難しい場合があります」

「結」には認知症の指導者の資格を持った人が配置され、センター長を務めている。

「気持ちに寄り添ったり、適切な病院を紹介したり。いろいろな相談を受けて対応を一緒に考えたいですね。認知症は誰でもなるものですから」

褒め言葉が元気の力

かつては施設の管理医師を務めていた由井さん。現在も機会を見て現場を訪れる=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)
かつては施設の管理医師を務めていた由井さん。現在も機会を見て現場を訪れる=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)

中小企業のまちとして知られる東大阪市。その地域の社会福祉法人の理事長として昨年11月、東大阪商工会議所の副会頭に女性では初めて就任した。

「まだまだ勉強させていただいている段階です。意外と思われるかもしれませんが、東大阪は活躍されている女性がたくさんいらっしゃる。そういう方々とつながりたいですね。集まって女性ならではのお話を聞く機会をつくるとか。『東大阪、女性頑張ってるやん』というふうになればいいなと思っています」

運営する高齢者施設では、利用者のより良い環境を追い求めている一方で、職員の働き方改革にも注力している。

「昔は長く仕事場にいることが良いという風潮がありました。職員のみんなは命にかかわる仕事をしています。ひとつ間違うと事故になる現場で常に緊張を強いられています。負担軽減に結びつくことは、いろいろと考えています」

例えば事務仕事ではICT化を図り、職員が記録、報告の効率化を図った。転倒リスクの高い入所者の部屋には、利用者の承諾を得た上で、様子が分かるカメラを設置した。入浴機器など福祉用具で新しい製品が出れば、積極的に試しているという。

「事務仕事など職員の負担を軽減できれば、本来の介護の仕事に集中できるようになります。介護する人の精神的、肉体的健康が、利用者へのより良いサービスにつながると思っています」

由寿会が平成9年12月に設立されてから24年。施設を利用した高齢者の思い出は尽きない。

「食事を食べない方がいました。でもバナナやポテトだったら食べる。行政からは栄養の管理については厳しくいわれますが、時と場合によっては、食べたいものを食べさせてあげたらいいと思う。やっぱり元気になりますから。以前、出前をとりたかったらとってもいいですとしたときもありました」

入所してきたときは寝たきりだった高齢者が元気になった姿も心に残っている。表情の明るさを取り戻していく高齢者の力になったのは「褒め言葉」と思っている。

「介護が必要となる高齢者は叱られることはあっても褒められることなんてほとんどありません。どんどんできなくなっていくことが多くなり、孤独感があるとき、リハビリなどで『できましたね』『すごいですね』といった感じの言葉はすごく大事ですね」

東大阪商工会議所の副会頭を務める由井さん。職場の働き方改革にも取り組む=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)
東大阪商工会議所の副会頭を務める由井さん。職場の働き方改革にも取り組む=大阪府東大阪市(沢野貴信撮影)

法人がスタートしたときには施設の管理医師としての仕事に就いていた。現在は多忙なため、現場からは遠のいているが、施設に出勤したときは必ず利用者の顔を見る。

「現場出身なので、現場が好きです。毎日仕事をしている人が気付かないことを、私が客観的な立場で気付けることもあると思います。由寿会は究極のサービス業。施設利用者はもちろん、高齢者の方々の笑顔を見ることが私の願い。100点はまだまだ先。また、地域に貢献して、多くの方に利用してよかったと思ってもらえるように努力していきたいですね」

ゆい・なおこ 昭和31年10月17日生まれ、東大阪市出身。兵庫医大から京大耳鼻咽喉科学教室に入局。病院勤務の後、平成9年12月に社会福祉法人「由寿会」を設立し、理事長に就任。10年12月、東大阪市内に特別養護老人ホーム「アーバンケア島之内」を開設し、事業を開始。以降、「アーバンケア稲田」「アーバンケア御厨」など開設。令和2年11月から東大阪商工会議所の副会頭を務める。趣味は歩くこと、ぼーっとすること。中学時代からコーラス部で、研修医時代には大阪フィルハーモニー合唱団に入団していた。