引退の中山成彬氏「自主憲法なくば相手にされず」

(原川貴郎撮影)鴨下一郎
(原川貴郎撮影)鴨下一郎

16年務めた大蔵省をやめて宮崎に帰ったのが昭和57年、39歳のときでした。あれから39年がたち78歳になりました。昨年の暮れに100歳で亡くなった母親が、生前「頑張ってきたじゃないか。もういいんじゃないか」と言っておりましたので、そろそろ引退してもいいんじゃないかな、と。選挙は14回戦って8勝6敗。やっと勝ち越しですが、現職のまま引退できるのは幸せなことです。

私は自民党を除名された男ですが、新人の頃から、ときの政府や党の政策には反対していました。初当選時の消費税導入に始まり、大規模小売店舗法(大店法)の規制緩和、地球温暖化対策の京都議定書…。竹中平蔵元総務相が滔々と持論を述べたとき「あなたのようなやり方では日本の経済はガタガタになる。日本の美しい労使慣行もだめになってしまうよ」と言ったのを鮮明に覚えています。

正規・非正規だとか派遣社員だとか、1つの会社に2つの身分の人がいるのは日本社会には合わない。

文部科学相のときに、ゆとり教育を見直し、低下し続けていた子供の学力が上がったことは本当に良かった。心残りは自虐教育が是正されないことです。日本の子供は自己肯定感が低いといわれますが、「先祖が悪いことをした」「日本は悪い国なんだ」と小さな頃から教われば、自己肯定感の高い子供が育つはずはない。誤った歴史教育だけはやめてもらいたい。

まだまだやるべきことはいっぱいある。その一つが私に言わせれば自主憲法の制定です。やはり自らの手で憲法を作り、国を守る態勢をとらないと、日本は西太平洋に浮かぶ骨のないクラゲみたいな存在となり、世界から相手にされない国になってしまうのではないか。大変心配しています。(原川貴郎)