北野天満宮に豊臣秀頼奉納の鏡 仏教的装飾か

北野天満宮で新たに発見された、豊臣秀頼が奉納した鏡=京都市上京区(森西勇太撮影)
北野天満宮で新たに発見された、豊臣秀頼が奉納した鏡=京都市上京区(森西勇太撮影)

北野天満宮(京都市上京区)は20日、豊臣秀吉の子、秀頼から慶長12(1607)年に奉納された鏡を新たに発見したと発表した。形状と史料から、天満宮の本殿で仏教的な装飾として使われていた可能性があり、天満宮は「本殿の歴史や変遷を知る上で重要な発見だ」としている。

鏡は青銅で作られた鋳物で、直径約24センチ。安土桃山~江戸時代に活躍した鏡師・木瀬浄阿弥(きせじょうあみ)が制作した。背面には、本殿が完成した慶長12年12月の前月にあたる11月、秀頼が奉納したことが記されているほか、ひもを引っかけるための「紐(ちゅう)」と呼ばれる部分が6カ所ある。

天満宮によると、豊臣家は天満宮が祭る菅原道真信仰があつく、現在の本殿も秀頼が造営した。秀頼寄進の鏡はこれまでにも31面見つかっており、本殿の柱などに掛かったままの状態で、現在も残されている。

だが、今回の鏡は紙に包まれた状態で倉庫から見つかり、紙には「御内陣天井鏡」と書かれていた。その後の調査や史料の精査で、本殿に天蓋があったことが判明。鏡は、その装飾としてつるされていた可能性が高いという。

こうした装飾は仏像に使われる例が多く、神仏習合で仏教的な影響を受けていたとみられる。