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出井伸之(19)ハリウッド流と格闘「映画は金融商品に近い」

ジョン・キャリー氏(AP)
ジョン・キャリー氏(AP)

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《ソニー・アメリカのガバナンス強化と同時並行で取り組んだのが、1989年に米コロンビア・ピクチャーズを買収した後に社名変更したソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)の再生だった》


ハリウッドには、「カネを出すのが誰であってもわれわれの流儀は変えさせない」という閉鎖的なところがあります。ソニーが買収する前にコロンビアの主要株主だったコカ・コーラですら「ハリウッド流ビジネス」には悩まされていました。

買収後のSPEの経営は2人の元プロデューサーに任されていましたが、映画作りとスタジオ経営とでは求められる資質がまったく異なります。作り手はお金をできるだけ使って作りたいのに対し、スタジオ経営者は制作コストを管理して収益を上げなくてはならないからです。

SPEは多くの作品を出しましたが、コスト管理ができていなかったため赤字体質のままで、ソニー本体が買収時に資産計上していたのれん代の損失償却を余儀なくされました。

そこへ、コンピュータ事業部長時代から付き合いのあった映画業界の友人が「SPEのマネジメントを変えた方がいい」と僕に忠告してくれました。

SPE再生のためロサンゼルスに何度も足を運びました。閉鎖的なハリウッドに入り込むのにかなり苦労しましたが、ワーナー・ブラザースや映画芸術科学アカデミーの会員にハリウッドの仕組みや人について教えていただいたり、ディズニーにハリウッド独特の会計システムについて学ぶ機会を頂きました。

新社長として僕がスカウトしたのが、元ワーナー・ブラザースでプロデューサーだったジョン・キャリーさんです。映画人としても経営者としても非常に尊敬されている人で、SPEの再建を託すにはうってつけの人物でした。初めて会ったのはロサンゼルス空港のラウンジ。すぐに意気投合しました。

96年10月にこの人事を発表すると、最初に忠告してくれた友人は僕に抱きついて喜んでくれました。ソニー・アメリカと日本の本社の目が行き届くように、ジョンの下の経営体制も刷新しました。

僕もロスへ飛び、メディアの取材に応じました。「ハード事業のためにコンテンツ事業に犠牲を求めるつもりはない」「ネットワーク時代の融合戦略を実行する」という考えを説明しました。ハリウッドメディアもだんだんとソニーとSPEを好意的に見てくれるようになりました。


《映画制作の管理手法もテコ入れした》


映画の特殊な会計システムも悩みの種でした。たとえば広告宣伝費や開発費を含め、「費用」や「売り上げ」の考え方が違うのです。僕は映画事業について考えるうちに、「商品としての映画は金融商品に近い」と気づきました。

映画作品は制作費の多寡によって大作から低予算映画まで分かれます。これらを投下資本の回収という視点で分析すると、実は中規模作品が最もリスクが高いということが分かってきました。また、制作費100億円超えの大作は資本回収のスピードを上げることが収益には必須であることも分かりました。

そこで、EVA(経済付加価値)などの指標を導入し、作品ごとの資本コストをはっきりさせました。さらに制作費やジャンル、規模を多様化してリスク分散を図りました。「世界同時公開」など資本回収のスピードを上げるための仕掛けも取り入れました。

SPEはその後、コスト管理が進み、「スパイダーマン」などの大ヒット作も生まれ、ソニーグループの業績に寄与してくれるようになりました。(聞き手 米沢文)

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