「怪物」松坂 思い刻む5球 「18」背負い引退試合「すっきりさせることができた」

試合後、観客に挨拶する西武・松坂大輔=メットライフドーム(撮影・加藤圭祐)
試合後、観客に挨拶する西武・松坂大輔=メットライフドーム(撮影・加藤圭祐)

日米通算170勝を挙げ「平成の怪物」と称された西武の松坂大輔投手(41)が19日、埼玉県所沢市のメットライフドームで行われた日本ハム戦で引退試合に臨んだ。プロ入りしたときの背番号「18」をつけて先発し神奈川・横浜高の後輩、近藤健介外野手に四球を与えて降板。試合終了後はグラウンドを1周し、感謝の気持ちを込めてマウンドにひざまずいた。最後は仲間から胴上げをされ、23年間の現役生活に別れを告げた。

最後の一球は左打者の内角に大きく外れた。西武の松坂は四球で現役生活に終止符を打った。「正直、マウンドに立てる状態ではなかったが、けじめをつけたいと思った。すっきりさせることができた」。5球中1球はストライクが入り「最後の最後で、野球の神様が取らせてくれた」とすがすがしい表情だった。

プロ生活23年間の後半は故障との闘いだった。米大リーグ・レッドソックス時代の2008年、練習中に足を滑らせ右肩を痛めたのがきっかけだった。シーズンを問題なく終えたオフに「いつもの肩の状態ではない」と感じたという。以降は「痛くない投げ方、痛みが出ても投げられる投げ方を探し始めた。自分が求めるボールは投げられていなかった」と振り返った。

09年2月、翌月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)への調整で参加した西武の春季キャンプでは、桑田真澄氏(現巨人コーチ)のような落差のあるカーブの習得に努める姿が強く印象に残っている。すでに新たな投球スタイルを模索していたのかもしれない。

変化した投球スタイルとは対照的に「野球が好き」との思いは不変だった。ボロボロになっても現役にこだわった。「あきらめなければ報われると、強く感じさせてくれたのは(延長十七回を戦い、9-7で勝利した1998年)夏の甲子園のPL学園戦。あの試合があきらめの悪さの原点」。これだけは胸を張っていえる。「野球が好きなまま、終われてよかった」

(神田さやか)

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