話の肖像画

出井伸之(18)ソニー・アメリカのガバナンス改革

平成17年6月にソニー会長兼CEOとなったハワード・ストリンガー氏 =19年12月、東京都港区のソニー本社
平成17年6月にソニー会長兼CEOとなったハワード・ストリンガー氏 =19年12月、東京都港区のソニー本社

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《平成7年に社長となり、一つずつ懸案をつぶしていく日が始まった。そのころソニーは米国事業のガバナンス問題に苦慮していた》


ソニーは1960年、ソニー・アメリカを設立したのを足掛かりに米国でのビジネスを拡大してきました。エンタメ部門の強化のためにCBSレコードやコロンビア・ピクチャーズを買収し、ソニー・アメリカの子会社にしました。

僕がソニーの社長となったころ、米国での売り上げはグループ全体の約3割で、社長になってからその規模は日本を上回っていきました。盛田昭夫さんが「本社をアメリカに置いた方がいいのではないか」と考えたこともあるぐらい、ソニーにとって米国は大きなマーケットです。このソニー・アメリカをどのように経営していくのか、人事的な課題とガバナンス構築の両面から取り組みました。

まず、人事的な課題ですが、エンタメ部門の買収を担当したソニー・アメリカの米国人社長による独断専行が増えていました。エレクトロニクス事業の強化や買収した事業の改革よりも、さらに新しい事業への投資などを独断で行い、現地の社員の気持ちも離れていました。

彼は大賀典雄さんが社長時代に採用した人物で、かなり目をかけておられました。そこで、僕は大賀さんに彼の解任をお願いしました。大賀さんは僕の願いを引き受けてくださり、95年末に彼はソニー・アメリカを離れます。

それ以来、米国の社員は僕の方を向いてくれるようになりました。僕は大賀さんに感謝する気持ちでいっぱいでした。

米国のメディアはこれに衝撃を受けたようでした。ですが、「今度のソニーのトップはやるべきことをきちんとやる」というクレジットを僕に与えてくれました。

《ソニー・アメリカの社長はしばらく空席が続くが、97年5月、米3大ネットワークの一つ、CBSブロードキャスト・グループ元社長のハワード・ストリンガー氏を招聘(しょうへい)する》


ハワードのCBS時代の経験と人脈はソニーにとって貴重な財産になると考えました。同時に、社長の独断専行がないようにガバナンスを構築することについては、米国の法制度を勉強して仕組みを整えました。

まず、ソニー・アメリカの裁量でできることと東京本社の判断を必要とすることを、一つ一つ明文化しました。たとえば映画1作品の制作費については、100億円までは米国で判断していいけれども、それを超える場合は本社の社長の承諾が必要になるという具合です。

また、僕も含めた東京の経営陣をソニー・アメリカの取締役会メンバーに加え、取締役会の役割を「監督機能」に明確化し、ハワードが責任を持つ「業務の執行」と役割を分けました。

これにより、ハワードは自分に認められた範囲ではスピーディーに執行できますし、権限以上の案件に関しては独断専行を防げることになります。

日本と米国では、ガバナンスに対する根本的な見方が違うと僕は思っています。日本の場合、社長の人選という人事面が重要視され、社長には自律と完璧性を期待しているのではないでしょうか。一方、米国では、社長が常に完璧ではないことを前提に、いかにそれを監督するかというシステムの構築と実践を重要視しています。

そのため社長の独断などで問題が起きると、日本では社長個人の資質やその人選が批判の中心となるのに対し、米国では社長の独断を管理・監督できなかったシステムが批判の対象となります。(聞き手 米沢文)

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