ビブリオエッセー

何度でも立ち直る勇気をくれた 「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」岸田奈美(小学館)

東京2020オリンピックの聖火ランナーをテレビの中継で見たのはこの春。映っていたのは車いすの女性と車いすを押す青年だった。親子だろうか。両親の介護をしていた私は、聖火のことより誰がお世話をしているのかに関心を持った。青年はダウン症だった。

後日の別の番組。そこでは車いすの女性の娘で青年の姉である女性が紹介されていた。岸田奈美さんだ。「バリアをバリューにする」とうたう株式会社ミライロで広報部長を務めたのち、作家として独立していた。

一読して奈美さんの明るさに魅せられた。彼女は中学2年のとき父親を亡くしている。その後、家族を支えてきた母親のひろ実さんが病気で下半身まひとなり、車いす生活に。一生に何度も起きないことが重なる。でも奈美さんは重く悲しい出来事に落ち込んだり、悩んだりしながらもこれだけ笑える文章が書けるのだ。これでもかと繰り出されるとんでもない言い回しや一人ツッコミに、何度も笑った。

しんみりと語る章もある。娘の前で決して涙を見せなかったひろ実さんがある時、「ほんまは生きてることがつらい。ずっと死にたいって思ってた」と泣いた。奈美さん自身も生きづらさを抱えながら、でも、この家族はゆっくりと立ち直る。穏やかで天真爛漫な弟の良太君のキャラがまたいい。

読みどころ満載だが、ミライロを人気番組「ガイアの夜明け」に売り込む裏話や、なにより櫻井翔さんとの出会いが面白い。ある時、あの櫻井さんが、障害のある方の生活を学びたいと会社にやってきたのだ。

この本は読者を前向きな気持ちにさせてくれる。一歩踏み出す勇気をくれる。困難に直面したとき、ぜひ読み返したい。

大阪府箕面市 井上恭子(58)

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