台風一過の日差しが厳しい中、島へ向かうフェリーの甲板は潮風が心地よかった。
鹿児島県薩摩半島の西に長さ約38キロの小さな列島がある。東シナ海に浮かぶ甑(こしき)島列島(薩摩川内市)は北から上甑島、中甑島、下甑島の3島で成り立ち、約4千人が暮らす。ユネスコの無形文化遺産に登録された伝承行事の「トシドン」やテレビドラマ化された人気漫画「Dr・コトー診療所」の舞台としても知られる。
昨年8月、中甑、下甑島間に長さ1533メートルの甑大橋が開通し3島が陸路でつながった。
橋の整備以前、甑島の島々は「近くて遠い島」と言われていた。鹿児島県本土と各島を巡回する定期船があったが、本土と島との往来が主で島間での自由な移動はできなかった。
上甑で海鮮料理店を営む日笠山佳代さん(47)は「島や港によってとれる魚も日々違う。下甑に行かなければならない日も仕入れがしやすくなった」と話す。下甑には航空自衛隊の分屯基地があるため、名物のきびなご料理を求めて来店する関係者も増えたという。
下甑に蔵をかまえ、芋焼酎「甑州(そしゅう)」を造る吉永酒造では以前、上甑や中甑への配達を業者に委託していたが、すべて社員による車での配達に切り替えた。川畑勇介さん(35)は「これまでなかなか会えなかった酒屋や飲食店の方々と、顔を合わせて商品を届けることができるようになった」という。
青く透き通った海と急峻な緑の山肌。穏やかな洋上をまっすぐに延びる巨大な橋。「近い島」が本当に近くなり、島民の生活も変わりつつある。(写真報道局 萩原悠久人)