正論11月号

悪夢の民主党政権を忘れるな 正当に評価されない「仕事師内閣」の実績 産経新聞編集局編集長 佐々木美恵

菅首相が退陣する意向を表明したことを伝える大型ビジョン=9月3日午後、大阪・梅田
菅首相が退陣する意向を表明したことを伝える大型ビジョン=9月3日午後、大阪・梅田

※この記事は、月刊「正論11月号」から転載しました。ご購入はこちらをクリック

「『新型コロナ対策が最優先』。この秋の政治日程について問われるたびに、私はそのように申し上げてきました。その通りに全力を尽くし、足元の感染はようやく減少傾向にありますが、収束には未だいたっておりません。(中略)こうした中で、自民党総裁選挙が始まろうとしております。新型コロナ対策と多くの公務を抱えながら、総裁選を戦うことは、とてつもないエネルギーが必要です。九月十二日の制限の解除は難しい-。そうした中で覚悟するにつれて、やはり新型コロナ対策に専念すべきと思い、総裁選挙には出馬しないと判断をいたしました」

菅義偉首相(当時)は、九月九日午後七時から首相官邸で開かれた記者会見で、自民党総裁選(同月二十九日投開票)への不出馬の理由をこう説明した。淡々とした表情で声を荒らげることもなく質疑に応じた。いつもどおり、指名されなかった記者の質問には一問、メールで回答するなどの説明が行われた後、内閣広報官が会見終了を告げると、表情を変えず深々と一礼して会見場を後にした。心なしかほっとしたようにも見えた。

「仕事するために総理になった」

菅氏は昨年九月、体調不良で退陣した安倍晋三内閣を引き継ぎ、政権を発足させた。新元号を発表した「令和おじさん」として、二十代を中心とする若い世代に親近感を抱かれ、中高年齢層には秋田出身の苦労人として好感を持たれていた。

ただ、菅氏が選出された昨年の自民党総裁選は党員・党友による投票を省略し、国会議員と地方組織のみが投票する簡略版だったこともあり、有権者からの信任を確認し、政権基盤を強化するためには新内閣発足後に、ただちに衆院解散・総選挙を行うべきだという意見も少なからずあった。政権中枢や周辺にも菅氏に直接、昨秋の衆院解散を勧める者がいたが、そのたび菅氏は相手をじろりとにらんで、「なんで?(そんなことを言うのか)」と問い返した。

そして、こう反論した。

「私は仕事するために総理になったんですよ。今は仕事をさせてもらいたいと思ってるんですよ。それに国民はコロナに対応してほしいと思っているはずですよ」

昨年九月の産経新聞の単独インタビューでは、「(新政権の課題として)最優先はコロナをきちっとやれということ。国民の命と健康を守るという基本でスタートして、コロナの状況を見ながら社会経済活動を進めていく。この両立をしっかりしなければ日本全体、経済が立ち行かなくなる」と強調していた。ワクチン接種についても、「来年(令和三年)の前半までは国民全体にワクチンが行き渡るように今、対応していますから」と話していた。

その後、感染防止と経済を両立するという方針は感染の再拡大とともに「ブレーキとアクセルを両方踏む」(小池百合子都知事)と批判され停止に至る。やり玉に上げられ、悪評ふんぷんだった「Go To事業」だが、自民党幹部は「実施されていなかったら、年を越せなかった旅行や飲食関係者がいたことも確かだ」と話す。加藤勝信官房長官(当時)も九月十二日のフジテレビ番組で「あのときあれ(Go To事業)があったから、一服したという旅行業者もいたのだ」と指摘していた。

ワクチンについては、菅政権のコロナ対策は「ワクチン一本足打法」ともいわれたが、特効薬が開発されるまでの間はワクチン接種で感染をできるかぎり抑え、医療の逼迫や崩壊が起きないよう抑止する方針を掲げた。

安倍政権からワクチンの確保と接種態勢の構築は焦眉の急だった。東京五輪・パラリンピック大会を無事に開催するためにも、今年前半の六月までに大会関係者や選手、開催地である日本国内でも、希望すれば接種できる量と態勢を確保するのは政権の最大の課題で、引き継いだ菅氏も十二分にわかっていたのだ。しかも、デルタ株蔓延前は、ファイザー社やモデルナ社が開発したコロナ・ワクチンは発症予防効果など有効性が九〇%以上と治験などで明らかになるにつれ、菅氏は周辺に「国民みんなが接種に期待する。ぜひ急ぎたい」とも語っていた。

ところが、菅氏が肝心のワクチン確保や態勢構築の遅れに気づいたのは、今年一月初旬のことだった。コロナ対策に追われっぱなしでマンパワー不足の厚労省に任せていたためだった。

「もう直接、こっち(官邸)でやることにしたんですよ」

菅氏が焦りの色をあらわにし始めたのはこの頃からだった。一月十八日には河野太郎行革相を新設のワクチン担当相にも任命すると発表し、河野氏に挽回を命じた。

「厚労省には本当に怒ってしまった。製薬会社との契約上、詳しいことは言えないとか言っていた。今、どうなっているのか要領を得ないし」

周辺にこぼしながらも自らファイザー社とやりとりを重ね、四月中旬の訪米時には米製薬大手ファイザーの最高経営責任者(CEO)ブーラ氏と電話で会談。一億四千四百万回分の契約に加えて、五千万回の追加分の確保にこぎつけた。五月上旬には河野氏らをはじめとする閣僚の慎重論を退け、「一日当たり百万回接種」の目標も掲げた。

「七月中に希望する高齢者全員に接種を完了する」という目標は当初、到底不可能に感じられた。だが、目標達成に向けて作業効率を上げる「カイゼン」は企業や組織の得意とするところだ。百万回の目標だけでなく、優先接種した六十五歳以上の高齢者の重症化を抑える効果も表れていた。

それでも感染者増と連動して下がった内閣支持率にはほとんど影響しなかった。国民からはワクチンの確保は政府がやって当然の仕事にすぎないと受け止められていたからだ。

続きは「正論」11月号をお読みください。ご購入はこちらをクリック

「正論」11月号 主な内容

【特集 悪夢の民主党政権を忘れるな】

国民が招いた日本の危機 ジャーナリスト・国家基本問題研究所理事長 櫻井よしこ

「小石河連合」なら保守は消滅か フロント・アベニュー 麗澤大学教授 八木秀次

国民政党とは八方美人にあらず 政界なんだかなあ 産経新聞政治部編集委員兼論説委員 阿比留瑠比

政治停滞打破する統治機構改革を 慶應義塾大学教授 松井孝治

脱デフレ実現の決意表明せよ 経済快快 産経新聞特別記者 田村秀男

正当に評価されない「仕事師内閣」の実績 産経新聞編集局編集長 佐々木美恵

新連載「元老の世相を斬る」 選挙は「看板」で戦うものじゃないよ 元内閣総理大臣 森喜朗

脱炭素で国家滅ぶ 電気料金増は製造業つぶし 一般財団法人「産業遺産国民会議」専務理事・産業遺産情報センター長 加藤康子

皇室の存亡担う新内閣の重責 君は日本を誇れるか 作家 竹田恒泰

【特集 カブール陥落】

邦人救出阻む憲法の改正を 東洋学園大学客員教授・元空将 織田邦男

アフガニスタン脱出記 阿鼻叫喚の11日間 産経新聞アフガン人通信員 ズバイル・ババカルヘイル

米軍撤退で得するのは誰か インド政策研究センター教授 ブラーマ・チェラニー

逃げ足の速さにみる中国の深い浸透 ジャーナリスト 濱本良一

ユーラシア大陸のへそ アフガニスタンを知る 聞き手 本誌編集長 田北真樹子

拓殖大学海外事情研究所客員教授・元駐アフガニスタン大使 高橋博史

軍事優先が招いた自立喪失の悪循環 元駐アフガニスタン大使 高橋礼一郎

「インド太平洋憲章」日本主導で起草を 大阪市立大学名誉教授 山下英次

真実の上に立つ日韓関係を モラロジー道徳教育財団道徳教育研究センター教授・麗澤大学客員教授 西岡力

TBSねじ伏せて〝本質〟偽る共産党 元板橋区議(元日本共産党区議団幹事長)松崎いたる

【特集 中国で起きていること】

「在日ウイグル人証言録③」天の下の巨大な牢獄 評論家 三浦小太郎/証言1 エイティカル(仮名)「生き残るための苦渋」/証言2 ムハマット「変わり果てた母」/証言3 タランチ「収容所の外の牢獄」

習近平が始めた第二の文化大革命 評論家 石平

北戴河会議で異変か 〈チャイナ監視台〉 産経新聞台北支局長 矢板明夫

偉大なるシナ文明を抹消する中共政権 明星大学名誉教授 山下善明

【特集 武漢ウイルスとの闘い】

「天然起源」主張する生命科学者を監視せよ 筑波大学システム情報系准教授 掛谷英紀

台湾が鎮圧に成功したワケ 『国会議員に読ませたい台湾のコロナ戦』著者 藤重太

実体を伴わなかった五輪の「安心・安全」 東京オリンピック都市オペレーションセンター医療統括、杏林大学医学部救急医学主任教授 山口芳裕

複合災害にも対応できる感染症と天災に強い社会を ニューレジリエンスフォーラム第1次提言を公表 事実に基づくDV認定を 長崎大学准教授 池谷和子