志らくに読ませたい らく兵の浮世日記

小三治師匠の言葉を思い出す

立川らく兵
立川らく兵

十代目の柳家小三治師匠がお亡くなりになった。

私の父親が昔から小三治師匠のファンだったので、実家には小三治師匠の落語のテープがたくさんあった。私はいつの間にやらそれらを借りて、そのまま譲り受けてしまった。「時そば」「道具屋」「大工調べ」「ろくろっ首」「錦の袈裟(けさ)」「天災」「うどんや」。大好きな噺(はなし)ばかりだ。

私の師匠の立川志らくは落語教室をやっている。入門前、私はそこの生徒だった。そこでは毎回、落語の名人たちの貴重な映像を見せてもらえるのが楽しみの一つだった。ある時、小三治師匠の「提灯屋(ちょうちんや)」という落語を聴かせてもらった。おそらく二十代くらいの頃の映像だろう。名人になる人は若いときからケタ違いにうまくて面白くて格好いいんだなぁと、びっくりしたのを覚えている。

落語家に入門する前はいろんな落語会に通った。紀伊國屋寄席もその一つだ。新宿の紀伊國屋ホールで毎月開かれている、伝統ある落語会。そこで聴いた小三治師匠の「かんしゃく」という噺はとても印象に残っている。家の者に小言ばかり言っている金持ちの旦那の噺だ。その偏屈な旦那の表情があまりに面白くて、目に焼きついてしまった。

いざ落語家になってしまうとなかなか客席から落語を聴くことはできなくなる。のちに人間国宝となる小三治師匠の落語を客席で聴けたことは、私にとってそれこそ宝物だ。

落語に入る前の導入部だったり、客席を和ませるための話を「マクラ」という。小三治師匠の「玉子かけ御飯」というのは有名なマクラだ。そのマクラによると、卵かけご飯はあまりかき混ぜすぎない方がいいそうだ。その方が「卵の黄身と白身と醤油(しょうゆ)とご飯の味が絶妙に混ざっていくのを味わえておいしい」とのこと。私はその話を聞いてからというもの、卵かけご飯を食べる時は必ず、小三治師匠のお顔とその言葉を思い出すようになった。

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