話の肖像画

出井伸之(15)進め「デジタル・ドリーム・キッズ」

創業35年のイベントに参加する創業者世代の歴代トップ。左から岩間和夫さん、井深大さん、盛田昭夫さん、大賀典雄さん =昭和56年(ソニーグループ提供)
創業35年のイベントに参加する創業者世代の歴代トップ。左から岩間和夫さん、井深大さん、盛田昭夫さん、大賀典雄さん =昭和56年(ソニーグループ提供)

(14)にもどる

《平成7年4月1日。「ウィンドウズ95」が発売され、IT時代が幕開けする年に、ソニーの6代目社長となる。生え抜きとしての苦悩があった》


このとき会長となった大賀典雄さんまで5人の社長は創業者世代でした。僕はソニーで初めて、新卒で入社した生え抜きの社長でした。

創業者には自然と求心力が働くものだし、外から来た経営者であればしがらみがない分、思い切った改革をやりやすいでしょう。ところが生え抜き経営者の場合、変革に否定的な人の気持ちも分かるため、非情に徹しきれない面があります。

それまでのソニーのトップはカリスマ性が強烈だっただけに、僕には求心力をいかに高めながら、必要な改革を実行していくかが問われていたと思います。ソニーにはデジタルの時代に合わせて、耳のオーディオ、目のビデオに加え、新たに脳のITの軸を加えることが必要でした。僕の考えや危機感を全世界で13万人の社員にも共有してもらうため、キャッチフレーズを考えました。

まず、考えたのは「リ・ジェネレーション(第二の創業)」でした。「創業の精神を大切に受け継ぎながらも、新しいソニーに向かって前向きな気持ちで出発しよう」というメッセージを込めました。

これとペアになるキャッチフレーズとしてもう一つ考えたのが、「デジタル・ドリーム・キッズ」という言葉です。

僕の周りには日本人とフランス人、インド人、アメリカ人の親友がいます。何か問題が起きたときには、すぐその4人に相談するのですが、このときも彼らが知恵を貸してくれました。

このうちの一人、経営コンサルタントの山口峻宏さんが「デジタル・キッズ」というアイデアを出してくれたのです。

社内でさらに検討した結果、翌年にソニーの宣伝本部長となる河野透さんが「ドリーム」という言葉を間に入れることを提案してくれて、デジタル・ドリーム・キッズは誕生しました。

「新しい技術の方向性に夢を持って進んでいこう」ということと「デジタル時代に育ったユーザーがわくわくするような製品やサービスを発信していこう」という、これからのソニーの方向性を表現した見事なキャッチフレーズになりました。

最初は社内向けとして考えましたが、社外向けにも使い始め、ソニーの方向性が明確に伝わりました。ベストの「コーポレート・コミュニケーション」だったと思います。

今思えば、創業者世代の経営者の井深大さんや盛田昭夫さん、岩間和夫さん、大賀さんは本当にドリーム・キッズでした。

たとえば井深さんは一緒に昼食を食べているときに、「月の裏側に行ってみたい」と言い出すようなドリーマー(夢想家)でした。そのときは突拍子もない話に聞こえましたが、それから30年ぐらいがたって、最近になって中国の無人探査機が本当にそれを実現しましたよね。

このように、ソニーで働く人は理系・文系関係なく、あくまでもドリーマーじゃないと務まらないと思っています。僕も、もちろんドリーム・キッズの一人です。

社長となって社員との直接対話を図る手段として、当時としては画期的だったと思いますが、社内向けホームページに「A Point of View(視点)」という僕の個人コーナーを設けて、変革のメッセージを伝えていきました。若手や海外も含めて多くの社員から書いたことに対する意見が届いて、僕もうれしかったですね。


《社長としてデジタル・ドリーム・キッズたちの先頭を走る日が始まった。まず、着手したのは一度は撤退したコンピューター事業への再挑戦だった》


(聞き手 米沢文)

(16)にすすむ