家族がいてもいなくても

(706)炭焼き小屋のメルヘン

イラスト・ヨツモトユキ
イラスト・ヨツモトユキ

私の住む那須町は栃木と福島の県境にあり、川を挟んだお隣が西郷(にしごう)村である。

この村は、阿武隈(あぶくま)川の源流がある美しいところ。その一方、「日本で唯一の新幹線駅がある村」で、最新鋭の工場があったりもする。

そして、那須町と同様に定年後に移住してくる人も多い地域だ。

その一人、横浜から西郷村に移り住んだ友人が「夫がね、仲間と炭焼きをしているの」と言う。

そう聞いて、急に炭焼き窯を見に行きたくなった。

そこは、車で20分ほど。

里山の木々は、コナラやナラやクヌギなど。薪炭(しんたん)林と呼ばれる林の中に粘土質の土を固めた立派な炭焼き窯があった。

聞けば炭焼きは冬の仕事。

「落葉樹は冬眠しているから、その間に切っちゃうんだよ」と。

そう言われて、落葉樹とは「眠る木」なんだ、と改めて思った。

窯に入れる木は、縦2尺3寸(約70センチ)、太さは手のひらサイズで、それを500本、びっしり垂直に立てて、4日間燃やし続けて作る。

チームは10人。

「その共同作業がさ、楽しくってね」という炭焼きリーダーの犬飼さんは、元建設会社の社長さんで、毎年、みんなで米袋に30以上の炭を作るのだそうだ。

この彼の「炭への愛」が半端じゃない。いろんな話が次々と胸に迫る。

炭は、水も空気も浄化する。おなかにいいという高価な熊の肝よりも炭の方が薬効があるとか。

彼は、おなかが痛くなったときは、炭を食べるのだという。

さらに、炭焼き窯の煙突から滴り出る魔法の水、それが木酢(もくさく)液で、これをまくとヘビも寄れない。畑にまくと防虫に。肥料にもなる。

「なんせ炭が放出する赤外線はね、太陽の光と同じなんだよ」と彼は自慢げに語るのだった。

さらにそのまま夕暮れまで、彼が14歳で入隊した満蒙開拓団青少年義勇軍喇叭(らっぱ)鼓(こ)隊の話を聞く。

彼の住む木造円形のユニークな家は、喇叭鼓隊の訓練を受けた日輪兵舎を模して自ら建てた思いの深い家なのだそうだ。

その帰り際だった。

90代の彼に長く連れ添っている妻が言ったのだった。

「この人が、散歩に行く後を犬と猫が並んでついていくんです。山の道を行き来するその様子が、少年のようなんです」と。

この「夫への愛」の言葉に打たれ、なにかメルヘンの世界を浮遊してきたような心持ちになって帰ってきたのだった。

(ノンフィクション作家 久田恵)