逃げ惑う住民、宗派対立の根深さ浮き彫り レバノン銃撃戦

銃撃戦後、女の子を運ぶ男性=14日、レバノン・ベイルート(ロイター)
銃撃戦後、女の子を運ぶ男性=14日、レバノン・ベイルート(ロイター)

【カイロ=佐藤貴生】レバノンの首都ベイルートの市街地で14日に起きた大規模な銃撃戦は、内戦終結から30年以上が過ぎても、国内に混在する各宗派の信徒が互いに強い敵対心を抱いていることを示した。事件を受けて報復が起きる可能性もあり、経済低迷で国民の批判を浴びる政府は宗派対立という新たな難題を抱えた。

ロイター通信などによると、銃撃戦はイスラム教シーア派住民地区とキリスト教住民地区の境界周辺で起きた。路上にいた親イランのシーア派組織ヒズボラの支持者らがキリスト教徒地区にある建物から狙撃されたのを受け、ヒズボラ関係者とみられる者らが応戦。瞬く間に激しい戦闘となった。ヒズボラ支持者らがキリスト教地区に立ち入って挑発したとの見方もある。

ベイルートでは宗派により居住地区が分かれ、有力な宗派は自前の民兵を持っている。4時間以上に及ぶ戦闘で少なくともシーア派の6人が死亡、30人以上が負傷した。

ヒズボラの支持者らはこの日、ベイルートの港湾部で昨年8月に約200人が死亡した大規模爆発をめぐり、捜査判事がシーア派政党に所属する元閣僚を取り調べる方針を示したことに反発。司法当局への抗議デモを行うため現場を通っていた。

銃撃戦を受けて捜査が停滞する懸念が出ており、国連のほか、レバノンの旧宗主国フランスや米国は捜査継続を要求した。

爆発は港湾部の倉庫に長年放置されていた大量の危険物が原因とみられ、国民の政治不信が噴出。引責辞任したディアブ首相に代わって今年9月、ミカティ首相率いる内閣が発足したばかりだった。

政治の機能不全で通貨レバノン・ポンドの価値はこの約2年の間に対ドルで90%下落し、停電やガソリン不足が深刻化。国民の半数以上が貧困下での暮らしを強いられている。レバノンでは1975~90年、イスラム教徒とキリスト教徒の対立を背景とする内戦が起きた。

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