ありがとうハンカチ王子 あの夏の記憶は永遠に 鹿間孝一

平成18年夏の全国高校野球の決勝で力投し、ハンカチで汗を拭う早実・斎藤佑樹投手=甲子園球場
平成18年夏の全国高校野球の決勝で力投し、ハンカチで汗を拭う早実・斎藤佑樹投手=甲子園球場

〈平成十八年夏。一人の高校球児がいる。この夏を明るくし、また、空気の中の酸素をたっぷりにして、人々の呼吸を心地いいものにした。彼のことは誰もが知っている。〉

生前、高校野球を観戦して感動詩を書き続けた作詞家、阿久悠さんの日記の余白には、「彼」についてのメモがいくつもあった。「品格」「清潔感」「冷静」「謙虚」「はにかみ屋」「文武両道」等々。「透明なサイダー」は「さわやか」という意味だろう。

本来なら野球選手としての将来を占う品定め的な言葉が並ぶはずなのに、「値踏み」がない。こんなことは初めてだと本人も驚いている。そして、

〈大仰な言い方をすると、この何十年間で、日本という国や日本に住む人々が、喪失してしまっていたものがすべて、この突然のヒーローの中に見つかったということだ。〉

産経新聞に連載した「阿久悠 書く言う」から引いた。最大級の賛辞を贈られたのは斎藤佑樹投手である。

15年前の夏の全国高校野球決勝。早実のエースとして、駒大苫小牧の田中将大投手と投げ合い、延長十五回引き分け再試合。翌日も先発して、初優勝に導いた。ピンチになっても動揺した表情は見せず、淡々と投げ続ける。ポケットからブルーのハンカチを出して汗を拭う仕草から「ハンカチ王子」というニックネームがついた。

甲子園が生んだアイドルは多いが、若い女の子や野球ファンだけでなく、社会現象のような爆発的な人気となったのは、筆者と同世代の青森・三沢高の太田幸司投手以来ではないだろうか。端正なマスクも、決勝での引き分け再試合も似ている。太田投手は力尽きて優勝を逃したが。

斎藤投手は進学した早稲田大でもエースとして活躍し、ドラフト1位指名で日本ハムに入団した。初登板初勝利でプロデビューを飾ったが、故障続きで最近は登板の機会も少なく、ついに現役引退を発表した。

ライバルの田中投手は楽天を日本一にし、大リーグに移籍して活躍した。日本ハムの後輩だった大谷翔平選手は二刀流で日米の話題をさらっている。

だが、記憶に残る点では二人に勝るとも劣らない。斎藤投手は胸を張っていい。引退セレモニーが行われる17日の試合は早々にチケットが完売したという。

高卒でプロ入りしていたらどうだったかと思うが、それは言うまい。あの夏の甲子園だけで十分だから。

しかま・こういち 昭和26年生まれ。社会部遊軍記者が長く、社会部長、編集長、日本工業新聞社専務などを歴任。特別記者兼論説委員として8年7カ月にわたって夕刊1面コラム「湊町365」(産経ニュースでは「浪速風」)を執筆した。