【群馬県民の警察官横顔】「重い使命死ぬまで背負う」高崎署地域課高崎駅東交番主任・田中信広巡査部長 - 産経ニュース

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群馬県民の警察官横顔

「重い使命死ぬまで背負う」高崎署地域課高崎駅東交番主任・田中信広巡査部長

地道な任務を続ける警察官の功績をたたえる第45回「群馬県民の警察官」に選ばれた高崎署地域課高崎駅東交番主任の田中巡査部長
地道な任務を続ける警察官の功績をたたえる第45回「群馬県民の警察官」に選ばれた高崎署地域課高崎駅東交番主任の田中巡査部長

人生は、ままならない。

19歳で入った国鉄は5年後に民営化され、高校野球で鍛えた心身の強さを買われ県警へ。使命感といっても、簡単には湧いてこなかった。

「この仕事は自分に向いている」と実感できたのは、2番目の赴任地・群馬県警藤岡署での駐在所勤務だった。「人と話すのが好きで、大勢の中でワイワイやるのが向いている」という性分が、はまった。

例えば、各戸を回って家庭状況などを聞いて回る「巡回連絡」が好きだった。続けていると朝、家の戸口に野菜が置かれていたりした。そんな地域のために頑張ろうと、相談を受けた産廃の不法投棄事案を摘発したこともある。だが「派出所勤務を極めよう」という思いは、スンナリとはいかなかった。初任地の桐生署時代、事件捜査で手柄をあげていたからだった。

「関東管区警察局第4号事件」。平成3年から5年にかけ群馬、埼玉、栃木の3県で金融機関やスーパーが襲われる事件が17件発生、マサカリを手にした目出し帽の男という情報から「マサカリ強盗」と呼ばれた。太田署捜査本部へ応援に入り、犯行に使われた白い車両を探し回った。

5年3月3日、埼玉・熊谷に向け大泉に入ったとき、手配車両に遭遇した。尾行しながらナンバー周辺を何度も撮影したものの逃げられ、意気消沈して戻ると、ただちに撮った写真が各署へ。ほどなく熊谷市内で男が逮捕された。黒いバンパーに張り付けられたコーラのシールをとらえた写真が決め手となった。

初任地での初の本部長賞詞は、同じ桐生署にいた先輩署員の目に留まる。1人が後の刑事部長、もう1人は交通部長。見込まれたのである。

平成15年春の高崎署刑事課勤務以降、本部捜査1課、機動捜査隊など刑事畑が続き、事件捜査に明け暮れた。2度目の捜査1課時代には前橋の連続強盗殺人事件捜査に関わり、本部長賞詞も受けた。

一方で生活や食事はどうしても不規則になる。ある晩、容疑者を追っていて後ろ姿がぼやけていき、消えた。糖尿病だった。ツケが回って即入院。刑事畑は卒業し、希望通り、交番勤務となった。

振り返れば刑事部門は18年になり、地域部門(14年半)を上回っていた。人生はままならない。ただ後悔もない。それどころか交番の若い署員には「拝命したら、死ぬまで警察官だ」と教えている。

知り合った住民からは今も電話が入る。中身はけんかの仲裁だったり相談だったり、さまざま。だから思う。どんな部門でも一度制服を着たら、警察官であることを脱ぐことはできない。そんな重い使命感を身につけていた。

藤岡市の自宅に夫人、長男と3人暮らし。

(風間正人)