岸田文雄首相が、自民党総裁選で提案していた金融所得課税の強化を当面見送る考えを示した。政権発足後の株価下落などを受け、早くも方針転換したのは残念だ。
金融課税の見直しは金融市場に大きな影響を与える。それを考慮するのは当然だが、金融課税の強化は、格差是正の一環として世界的な流れでもある。
首相は所信表明演説でも「新たな資本主義」の実現を掲げた。成長と分配の好循環をその柱とするはずだが、分配する原資を生み出すには税制が持つ所得再分配機能を活用する必要がある。
そのために一定の負担能力が見込める高所得者を中心にした金融課税の強化は欠かせない。株式譲渡益課税の税率引き上げなどの具体化を検討してもらいたい。
金融課税の見直しはここ数年、税制の大きな課題と位置付けられてきた。労働所得に対する課税は高額所得者ほど税率が高くなる累進税率が採用されている。金融課税は一律20%(所得税15%、住民税5%)に設定され、高所得者ほど実質的な税負担が軽減されているからだ。
岸田首相は、自民党総裁選で年間所得が1億円を超えると税の負担率が下がる「1億円の壁」を問題視していた。この壁の解消に向けて金融課税の見直しを表明していたにもかかわらず、株式市場が下落を続けたため、見直しの先送りに転じた。自民党の衆院選公約にも盛り込まれなかった。
格差の固定化は経済の活性化を妨げるだけでなく、治安悪化など社会の安定性を損なう懸念が指摘されている。
米バイデン政権も格差是正に向け、金融課税などを強化する方針を打ち出している。
高額所得者を狙い撃ちにした政策は問題だという議論があるが、負担能力に応じた金融課税の強化は、分配の原資を生み出すことにつながる。
政府は「貯蓄から投資へ」を掲げ、高齢化が進展する中で国民が長期投資を通じて資産を増やすことを奨励している。金融課税の強化は足元では市場を冷やす材料となるが、短期的な株式売買への課税強化などにすれば理解を得やすいのではないか。
所得再分配機能の回復は、これまでも与党税制改正大綱に盛り込まれてきた。その実現は喫緊の課題である。