【ソウル=時吉達也】いわゆる徴用工訴訟をめぐり、韓国与党の重鎮議員が韓国政府による賠償金の代位弁済によって政治主導の解決を図る新提案を示したのは、文在寅(ムン・ジェイン)政権の〝無策〟に党内でも不満が生じ、政治解決を促す声が広がっていることが背景にある。ただ、韓国内では「かつてなく日本に『譲歩』した案」と早くも反発の声が上がるなど実現のハードルは高い。日本側は慎重な見極めが求められる。
訴訟をめぐっては9月、敗訴確定に伴い差し押さえられた三菱重工業の資産に対し、韓国の裁判所が売却命令を出した。現金化手続きが進む中、日本企業に実害が生じる「レッドライン」(越えてはならない一線)を越える事態は間近に迫っており、これを回避することが喫緊の課題となっている。
原告代理人の一人は今月7日、韓国紙への寄稿を通じ、資産売却手続きを停止する条件として「被害者と日本企業の協議実現」を挙げた。賠償を前提とした協議の実施は「1965年の日韓請求権協定で解決済み」とする日本側の立場と相いれず、企業側もこれまでに反応を示していない。
これに対し、今回の李相珉(イ・サンミン)議員の提案は、両国の立場の違いに関する議論を先送りし、当面の資産売却を防ぐ趣旨だ。日韓関係が韓国司法の判断に振り回される現状を修正し、突然の〝衝突事故〟が起きるのを回避する狙いといえる。
「世論の反発を恐れ口にしないが、水面下では多くの議員が提案に賛成している」。李氏はこう明かし、残り任期が半年余りとなった文政権に対日政策の転換を求める声が党内でも広がっていると強調した。
一方、提案の実現には課題が山積している。最大の「壁」となるのは訴訟当事者らの反発だ。韓国弁護士会で徴用工問題を統括する崔鳳泰(チェボンテ)弁護士は取材に対し、日本企業が賠償枠組みに加わっていないと指摘。「企業の関与を誘導する案でなければ到底受け入れられない」と語気を強める。
また、来春の大統領選を控え、与党側が〝失点リスク〟を負うことになる同案への公式の支持が党内でどこまで広がるかは見通せない。新提案が日韓協議の突破口となるのかは不透明だ。