勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(330)

悲願達成 過剰サービスが生んだ無料意識

西宮球場のスタンドでは「祝100万人」のくす玉が割れた=1986年8月31日
西宮球場のスタンドでは「祝100万人」のくす玉が割れた=1986年8月31日

8月が終わった時点で49勝42敗5分け。首位の西武には6・5ゲーム差をつけられ、2位の近鉄から4・5ゲーム差の3位。だが、そんな阪急もついに、悲願の「観客動員100万人」達成の日がやってきた。

8月31日のロッテ20回戦、午後4時の開門と同時にファンがドーッと押し寄せ2万1000人。

8月31日 西宮球場

ロッテ 030 000 100=4

阪 急 100 000 001=2

(勝)村田7勝9敗 〔敗〕今井7勝12敗

(本)水上③(今井)

四回が終わると、早々とアストロビジョンに「達成御礼」の電光掲示。スタンドでは大きなくす玉が割られ、女性だけのファンクラブ『阪急好きやねん会』のメンバーが約2000個の風船を夜空に飛ばした。そして球場内で販売している飲み物が「100円」均一に―。

「試合成立は五回ですが、飲み物の100円均一を早くみなさんに味わっていただきたくて、早めに始めました」とは球団フロント。ファンは大喜びだ。

一人でも多く球場に足を運んでもらおう―という阪急球団の努力は涙ぐましいものがあった。2メートルのブーマーパンが失敗しても、馬と選手との競走が企画倒れに終わっても選手たちは練習の合間や家に持ち帰って、ファンへ送る〝来てくださいはがき〟にサインを書いた。31日のスタンドにははがきを受け取ったファンがたくさんいた。

悲願達成―。なのになぜ、阪急は「身売り」への道を転げ落ちたのだろう。答えはファンの言葉の中にあった。

「この夏、初めて山田投手から暑中見舞いのはがきがきました。それも、印刷やなく自筆のサイン。うれしかった。そのはがきを持ってくればタダで入れるんやけど、もったいないから、ちゃんとお金を払って入りました」

ファンを球場に集めようと阪急は企業や学校、関係者へ大量に「無料招待券」を配った。他にも「○○デー」を作って入場料を半額にしたり…。そのため、ファンの意識の中に「阪急の試合はタダで見られる」「お金を払ってまでは…」という意識が芽生えてしまった。皆が懸命に頑張った動員作戦は結局、自分で自分の首を絞める形になったのである。 (敬称略)