勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(328)

石嶺の金字塔 56戦連続出塁 重圧感じず

56試合連続出塁の日本新記録を達成。花束を掲げてファンに応える石嶺=1986年7月25日、西宮球場
56試合連続出塁の日本新記録を達成。花束を掲げてファンに応える石嶺=1986年7月25日、西宮球場

■勇者の物語(327)

オールスターゲームも終わり、7月25日、昭和61年シーズンの後半戦が開幕。阪急は本拠地にロッテを迎えた。

最大の注目は巨人の王貞治が持つ連続試合出塁記録「55」に並んでいた石嶺和彦が新記録を達成できるか否か。この試合で初の「4番・DH」に入った。

どれほどの重圧が彼の肩にかかっていることか。ところが、試合前の練習に出てきた石嶺はニコニコ。心晴れ晴れ―の表情でこういった。

「ついに悟りました。ボクの日本記録のプレッシャーなんて小さい小さい。浜田の重圧に比べたらね」

後半戦開幕の前日(24日)、東京・両国国技館では、ボクシングの世界タイトルマッチ「WBC世界Jウエルター級選手権」が行われ、挑戦者の浜田剛史(同級6位=帝拳)がチャンピオンのレネ・アルレドンド(メキシコ)に1回KO勝ちした。石嶺はテレビにかじりついてこの試合を観戦していた。

「〝オレには最終ラウンドのゴングはいらない〟―なんて大きなことを言った以上、絶対にKOしなきゃいけない。自分で自分にプレッシャーをかける。いや、浜田はプレッシャーを自分のエネルギーにしたんですよ」

浜田を語る石嶺は興奮していた。

7月25日 西宮球場

ロッテ 000 300 020=5

阪 急 211 030 10×=8

(勝)古溝3勝2敗

〔敗〕水谷4勝5敗

(S)アニマル1勝14S

(本)ブーマー(21)(22)(水谷)石嶺⑳(水谷)落合(26)(古溝)(27)(谷)藤田⑯(右田)

試合に臨んだ石嶺に、もう重圧はなかった。3―0で迎えた三回2死走者なし。水谷のカーブを軽々と左中間スタンドへ叩き込んだ。

「まさか、新記録をホームランで飾れるとは…。浜田効果ですね」

同じ沖縄県出身。生まれ年こそ浜田の35年(11月29日)と石嶺の36年(1月10日)と違えど学年は同じ。そして浜田が7人兄弟の末っ子なら、石嶺も6人兄弟の末っ子。

「こんなによく似た男が、ボクの近くにいたんだ―と思うと、ちょっと感激しちゃって…」。石嶺の〝金字塔〟はこうして打ち立てられたのである。(敬称略)

■勇者の物語(329)