朝晴れエッセー

彼岸花の思い出・10月12日

誰が名付けたのか「地獄谷」。

名を聞いただけで身のすくんだ私が、友人に誘われてしぶしぶその谷へ向かったのは、小学6年生の頃だった。

怖いもの見たさで意気揚々と歩く3人の少女たち。そのしんがりを務めながら、後悔しきりの私。さりとて薄暗い竹やぶの中を1人で後戻りもできず、ついて行くしかなかった。

つる草をかきわけ、ようやくたどり着いた先は、うっそうとした木々に覆われ、異様な空気に包まれていた。

中でも私を一番怖がらせたのは、辺り一帯に群生する彼岸花だった。花の異名は幽霊花。谷は血の色と見まがうような朱に染まり、おどろおどろしい気配に満ちていた。

下をのぞけば、地獄さながらの深い谷底。うっかり足を滑らせば「とうてい助からぬ」と、亡者の声がするようだ。

ここは、まさしく冥界への入り口。幽霊花が不気味に咲き乱れているのが、何よりの証拠だ。

私はひとり合点すると「もう二度と谷へは近づくまい」と心に固く誓った。他の少女たちもさすがに怖くなったのか、行きの元気はどこへやら。帰りは一様に黙っていた。

あれから半世紀。子供の頃は彼岸花を不吉なものと忌み嫌っていたが、大人になると感覚は変わるらしい。

畦(あぜ)道に連なって咲く姿は、懐かしい日本の原風景。今の時季しか見られないあでやかな朱色を、美しいと思う昨今である。

久保奈緒 62 和歌山県橋本市