【石仏は語る】物資の集積経路として栄え 黒山二尊石仏 滋賀・長浜 - 産経ニュース

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石仏は語る

物資の集積経路として栄え 黒山二尊石仏 滋賀・長浜

黒山二尊石仏
黒山二尊石仏

琵琶湖最北端に位置する奥琵琶湖の塩津港は、古代から日本海の海産物や塩を畿内に運ぶ湖上運送の要所でした。北陸の敦賀から塩津港への運搬は陸路となり、交通の難所といわれた深坂(ふかさか)古道を経由して物資を運んだのです。西浅井町黒山集落は物資の集積経路として栄えたところで、今の里山風景が広がるのどかな集落では、古(いにしえ)を想像することはできないでしょう。

この黒山集落には不自然な長方形の黒山二尊石仏があり、その高さ約130センチ、幅約220センチの巨岩に2体の地蔵菩薩立像が彫られています。向かって左側には高さ約78センチ、円形の光背を深く彫り凹め、その内に半肉彫りの合掌する地蔵菩薩立像を彫り出しています。像高約69センチ、肉身は円筒状の胴部に丸い頭部という表現に納まります。

衲衣(のうえ、僧衣)は太い彫りで示され、衣の袖も体に貼り付いたままです。単弁の蓮華(れんげ)座は大きく、弁面の一面が広く無地の素弁を示し、間弁はありません。蓮弁としては曲線に鋭さがあり華やかに見え、古調を示しています。それに対して右側は高さ約78センチ、舟形光背を彫り凹め、その地に半肉彫りの右手に短い柄の錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠を持つ地蔵菩薩立像、像高約70センチ、肉身は円筒状の胴部に丸い頭部という素朴な作風に納まります。衲衣は張りのない緩い彫りで示され、衣の袖も体に貼り付いています。

単弁の蓮華座は小ぶりで弁面の一面が肉厚的であり、無地の素弁で間弁はなく、蓮弁としてはまとまりがなく、全体としては粗作に近い像容とみられます。

この石仏の舟形光背左脇内側に「立□嘉元二(1304)年二月一八日」銘が刻まれており、鎌倉時代後期の造作です。近隣の「黒山石仏群」に鎌倉時代から室町時代の宝塔・層塔群、室町時代から江戸時代の五輪塔・宝篋印塔(ほうきょういんとう)・石仏群が集められ、相当な数があります。賤ケ岳の合戦に縁のある石造品ともいわれています。(地域歴史民俗考古研究所所長 辻尾榮市)