令和の政治家よ、明治の説得王に学べ 伊藤博文の娘婿・末松謙澄の「教養力」

大きな足跡を残した「明治の説得王」末松謙澄
大きな足跡を残した「明治の説得王」末松謙澄

岸田文雄政権発足から1週間。19日公示の総選挙に向けて政治の秋が本格化する。菅義偉前首相は記者会見でのかみ合わないやりとり、原稿の棒読み、説明不足など「発信力」の弱さを指摘されたが、岸田首相はどうか。政治家が発信すべき「言葉」「文章」の極意を、『明治の説得王・末松謙澄 言葉で日露戦争を勝利に導いた男』(インターナショナル新書)の著者、山口謠司・大東文化大教授に聞いた。

日露戦争でロビー活動

「文章で、日本を創り、日本を守った男」とされる末松謙澄(すえまつけんちょう)(1855~1920年)は、幕末の小倉藩で大庄屋に生まれた。11歳から漢学者、村上仏山に学び、明治4年、東京へ。東京日日新聞で論説や翻訳記事を執筆しながら伊藤博文や山県有朋ら政府要人と知り合い、官僚となって文章力で頭角を現す。

10年の西南戦争では山県の名で西郷隆盛に送られた「降伏勧告状」を起草、イギリス留学後、大日本帝国憲法起草にもかかわる。伊藤の次女・生子と結婚、衆院(のち貴族院)議員となり、法制局長官、逓信大臣、内務大臣を務める。

この間、日本の軍艦が朝鮮側から砲撃され武力衝突に発展した江華島事件の処理をめぐる日朝修好条規、日清戦争の下関条約の起草にもかかわったが、圧巻は37年に勃発した日露戦争時の欧州でのロビー活動だった。

日本や中国が欧米諸国の利権を脅かすという「黄禍論」が広がり、戦費調達や列強の圧力が懸念されるなか、欧州での講演や雑誌論文などで日本の文化や道徳を丁寧に紹介。「清楚と簡素、つまり純粋と真面目は(中略)物心両面にわたり日本人の性格の基礎そのもの」などと好戦的な民族でないことを訴えた。やがて黄禍論は消滅、海外で「謙澄こそ東洋と西洋の懸け橋」と呼ばれた。

42年に岳父・伊藤が死去すると、政界から引退。伊藤の縁で長州藩の明治維新史「防長回天史」の編纂(へんさん)を手がけ、脱稿直後の大正9年、スペイン風邪がもとで数え66歳で死去した。

演劇で言葉を磨く

その謙澄に学ぶ政治家の「言葉」として、山口教授がまず挙げるのが<短い言葉で相手の懐にグサッと入り込む>。たとえば西郷への勧告状の冒頭部分「君の心事(しんじ)を知るや、又蓋(けだ)し深し」は西郷の胸中に入り込み、寄り添う姿勢を感じさせる一文。「結論から言って、なぜそうなのか得々と説く。それが漢文、戦前の教育でしたが、戦後は起承転結ばかり教え、分かりにくくなった」という。

<みんなが分かる言葉を使う>も当然のようだが、重要なこと。謙澄はイギリス留学中に演劇に注目し、日本でも「演劇改良運動」を進めた。それは演劇で話す言葉が誰にでも分かるものだったから。当時は地方や旧階級による言葉の違いが根強かったため、すべての人が理解できる日本語を使った演劇を通じ、近代の精神を育成したいという考えだった。

欧州でのロビー活動でも日本のことを分かりやすく、粘り強く真摯に説き、世論を導いた。謙澄は英仏独語に通じていたが、分かりやすい言葉を使うために必要なのは<語彙数を増やす>。

「語彙数は、デジカメの画像を鮮明に映す画素数のようなもの。説得王とはロビイストのこと、ロビイストとはみんながわかる言葉で説明できる人…などと大人でも子供でもわかるように言い換え、類語などの語彙力を高めることです」

謙澄について、明治29年刊の『今世人物評伝叢書 伊藤博文』附「末松謙澄」(無可有郷主人著)では「身体は肥大、その声はまるで鐘を撞くように大きい(中略)天真爛漫嬰児(みどりご)の如く、悪意なく、策略なき人」と紹介されている。

山口教授は「明るく、声が大きく、飾らない。魅力的な人だった。当初英語を読むのは得意でも話はあまり上手ではなかったが、訓練し、演説を重ねた。人に聞いてもらいたいと思って訓練しないと、心に響かないですね」と<大きな声で訓練を積む>を挙げる。

そして、国民への向き合い方については、謙澄らによる大日本帝国憲法起草で初めて江戸時代の「藩」を越えて「日本」が作られ、一体感を高めたとみる。「みんなでがんばって一緒にやっていこうというリーダーシップ、同時に皆さんの声を聞かせてほしいというやさしさも必要」

「聞く」よりも「聴く」を

岸田首相も「特技は人の話を聞く力」と宣言しているが、「『聞』の漢字は『聴』を使ったほうがいい。『聴』のつくりは元は『直』の下に『心』で、相手の目をまっすぐ見て、意見をきちんと聴いて判断をするという意味。ただ聞いているだけの『聞』では弱い」とアドバイスも。

もちろん、発信力、言葉だけでなく結果も大事。山口教授は「言葉と行動をできるだけ一致させ、結果につなげれば国民の信頼も得られる」と論語の言葉<言行一致>も付け加えた。