人生変えた一矢 自閉症4歳児とアーチェリー - 産経ニュース

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人生変えた一矢 自閉症4歳児とアーチェリー

中澤風音君(右)を指導する戸野真治さん=9月16日、広島県廿日市市の佐伯国際アーチェリーランド
中澤風音君(右)を指導する戸野真治さん=9月16日、広島県廿日市市の佐伯国際アーチェリーランド

東京五輪・パラリンピックでも注目されたアーチェリー。広島県廿日市市の「佐伯国際アーチェリーランド」は、五輪・パラリンピックの選手も輩出しているだけでなく、知的障害の子供たち向けの教室も開催。幅広い人たちに競技を楽しんでもらおうと取り組みを進めている。運営する戸野真治さん(52)は「誰もが楽しめる生涯スポーツとしてアーチェリーを普及させたい」と話す。そう考えるきっかけとなったのは、当時4歳だった重度自閉症の男児との出会いだった。

佐伯国際アーチェリーランドの代表、戸野真治さん
佐伯国際アーチェリーランドの代表、戸野真治さん
風音君との出会い

「やってみようよ」

きっかけは、平成24年ごろ、当時4歳だった重度自閉症の中澤風音(あいと)君(12)=廿日市市在住=に声をかけたことだった。

いつも、アーチェリーを習いに来ている兄についてきていた。そのころ、戸野さんは「当時の僕は五輪選手を出して勘違いしていた。誰にでも教えられると自信の塊みたいになっていた」という。

風音君への指導はスムーズにはいかなかった。初日は、弓や矢を投げたり、叫んだりしただけで終わった。「1日目はこんなもの」と思ったが、同じ状態が約3カ月続いた。

周囲からも「やめよう」という声が出始めた。「自分も弱気になり、やめようかなと思った」というその日。風音君は急に自ら矢を取ると、さっと弓に装着し、矢を放った。

戸野さんは「全く理解してもらえないと思っていた。けれど、彼は手順も全てできた。説明を聞いていたんだ」と衝撃を受けた。「僕のペースがストレスになっていたのかもしれない。『教えてやろう』という僕の気持ちが彼に伝わっていたんだと思う。寄り添う気持ちが僕の中でできていなかった」と振り返る。

風音君はアーチェリーの面白さを次第に吸収。約2年後には試合にも出られるようになった。競技は中学生になった今も続けており、高校生になったときにインターハイや国体に出るのが目標だ。

風音君の母、恵美子さん(45)は「アーチェリーを通して人とかかわるようになり、様子を見ることができるようになった。試合でみんなと一緒に競技をやっているのを見て、続けてやると、できるようになるんだなって」と見守る。

バリアフリー化

佐伯国際アーチェリーランドは、戸野さんの父、故見真さんが昭和47年に開業。2020年東京五輪アーチェリー男子団体で銅メダルを獲得した河田悠希選手や2012年ロンドン五輪日本代表だった石津優選手らを輩出している。

戸野さんは大学卒業後に帰郷すると、地元の高校や中学でのアーチェリー部の創設にも尽力するなど、選手育成に力を注いできた。

現在進めているのがフィールドアーチェリー場のバリアフリー化だ。

フィールドアーチェリーは谷あり川ありの山間で随所に設置された的を射ってその点数を競う。山の地形を生かしたコースで段差や起伏がある。

車いす利用者が山の方を見て「あの奥ってどうなってるんだろうか。行ってみたい」という言葉を聞いた戸野さんは、バリアフリー化を決めたという。

山の中に設置された的を射るフィールドアーチェリー。小川のせせらぎが心地よい
山の中に設置された的を射るフィールドアーチェリー。小川のせせらぎが心地よい
渡米し療育を学ぶ

戸野さんは、知的障害の子供たちのための教室も始めた。米国での世界最大の大会で、スペシャルニーズ(特別な支援が必要な人)の部門への参加も続けているという。

療育を学ぶために、毎年2週間ほど渡米。昨年はコロナ禍で渡米できなかったが、自閉症のセンターなどを訪れ、子供たちとのかかわり方や指導法などを学んでいる。

佐伯国際アーチェリーランドには、知的障害や発達障害の子供たちが毎日15人程度が練習に通う。戸野さんは「成長するスピードは人それぞれだが、できないことはないと思ってやっている。成長を見るのは本当にうれしい」と話す。

アーチェリーは「思いやりのスポーツ」と話す戸野さん。もともと弓は、狩猟や戦でも使われてきた。指導する上でも道具を大切にし、挨拶などのマナーも教え、「自分の振る舞いで、周りを安心させて、楽しくすることを大切にしよう」と指導する。

アーチェリーは、パラスポーツの発展にも大きく貢献してきた。障害者ルールがなく、健常者と同じルールで勝負ができる。

アーチェリーランドは未完成だという。「父の代から100年かけて完成させようと言っていた」。見据えるのは年齢、性別、障害の有無などすべてに関係なく、すべての人が気軽に親しめて楽しめる環境にすることだ。(嶋田知加子)

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