浪速風

つながれる太子信仰

赤みを帯びたくちなし色、黄丹(おうに)とは皇太子の着る色だそうだ。だからどの場面にいてもすぐ、その人が聖徳太子だとわかる。徳川家康、そして水戸黄門こと徳川光圀(みつくに)ゆかりの…と聞いて、見たい絵があった

▼茨城県水戸市の善重寺蔵「聖徳太子絵伝断簡(えでんだんかん)」(南北朝時代)。現在、大阪市立美術館で開かれている「聖徳太子 日出づる処の天子」展で紹介されている。修復されたばかりで色鮮やか。京都の六角堂(頂法寺)建立など3場面が描かれ、掛け軸になっている。記録によると光圀が寄進し、家康の遺物の織物で表装されたものである可能性が高いという

▼同寺は浄土真宗の宗祖・親鸞の直弟子によって創建された。親鸞はあつく太子を信仰したことで知られる。関東地方での太子信仰の拠点で、光圀が民衆に信仰を広めようとした。名だたる著名人らが思いを寄せた太子の、今年は1400年遠忌。こうして信仰は人から人へつながれてきたのだと改めて思う。