「企業理念を売る」…IT系企業が紙の出版事業に相次ぎ参入

IT企業が出版事業に相次いで参入し、ヒット作も出始めている
IT企業が出版事業に相次いで参入し、ヒット作も出始めている

IT企業による出版事業への参入が相次いでいる。クラウド会計ソフトで知られる「freee(フリー)」は今月、第1弾として『ウルトラニッチ』(川内イオ著)を出版した。本を通して企業理念や価値観を伝えるだけでなく、これまで接点のなかった層に活動を知ってもらえるというメリットもあるようだ。

「スモールビジネスを、世界の主役に。」

フリー出版のサイトにはこんな文章がうたわれている。出版事業を担当する、ブランドマネジャーの銭谷侑さんは「6月に企業のリブランディングをしたときに、『誰もが自由に経営できる環境を作りたい』というキーワードが出てきました。今提供しているサービスだけでなく、出版を通してそういった環境作りができるのではないかと考えました」と説明する。

今月発売された『ウルトラニッチ』は、動物の義肢装具を作る技術者、スプーン作家などスモールビジネスの経験談がまとめられており、フリーの企業理念に合った内容の本だ。

ブックコーディネーターの内沼晋太郎さん協力のもと、編集者などはフリーランスを活用。さらに、自社の会計ソフトのログイン画面で書籍をアピールするといったIT企業ならではのPRも行った。

本が売れない時代といわれて久しいが、「出版だけで黒字にするとは考えていません。メインは経営プラットフォームの提供です。本をテーマにした学びの場を作るなどマネタイズは検討していきたい」と銭谷さん。年間3~5冊の刊行を目指しているという。

新たな層と接点を

出版社と組んで事業を始めたのが、ソフトウエア開発会社の「サイボウズ」だ。主に実用書を手掛けるライツ社と組み、出版レーベル「サイボウズ式ブックス」をスタート。令和元年に第1弾として、『最軽量のマネジメント』(山田理著)を出版。累計発行部数は2万部と好調だ。

もともとサイボウズは、自社メディア「サイボウズ式」で情報を発信してきた。月間PVは20万前後に上る。ただ、ネットは気軽に読んでもらえるが、長い記事や複雑なことを伝えるのには向いていないという実感があった。

出版事業のきっかけとなったのが、同社に中途入社した人へのアンケートだ。最も多かったのが、サイボウズの本を読んだことだったという。サイボウズ式ブックスの大槻幸夫編集長は「転職は人生の一大事。会社のことをよく知りたいとなると、本としてまとまっていることにすごく意味があると気づきました」。

とはいえ、出版社から本を出す場合は、テーマや発売時期、出版トレンドなどが出版社側と折り合わないと難しい面もある。自社で出版事業を行うことで、自分たちの意思を強く反映させることができるというわけだ。ただ、出版業界は慣習もルールも複雑だ。ライツ社と組んだのは、「まずはいい本を作りたかった。出版のプロと組んだほうが、初速からいい結果を出せると思いました」と大槻編集長。

自社で出版事業を手掛けたメリットは大きいと感じている。「サイボウズのサービスは形がない。それが本になると、読者のインスタグラムに登場する。新たな広がりを作りたいと思っていたので、ネットで見ていた人とは違う層に届いている驚きとうれしさはあります」と明かす。

異業種からの参入のため、出版市場の捉え方も独特だ。「TVCMなど普段の広告活動よりはコストがかからない。市場規模も小さくなっているといわれるがまだまだ大きい。悲壮感をもって取り組む市場ではなく、楽しい市場だと見ています。本として面白いことを大事にしながら、みんなが関心を持ちそうなテーマをサイボウズ流に伝えていきたい」と語る。

ファン作りに活用

事業会社による出版事業の背景には、直接消費者に販売する事業モデル、D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)が注目されていることもありそうだ。ファンを獲得し、成長していくことが重要だからだ。海外では、出版事業はその手段として取り入れられている。アメリカのスーツケースブランド「アウェイ」は、旅行雑誌を展開。オンライン決済会社のストライプも出版事業に取り組む。

フリーの出版事業に協力している内沼さんは「今は安くていいものよりも、その会社がどういうスタンスで活動しているかといったストーリーが消費行動に結びついている。企業がメッセージを伝えることが重要。その手段として出版事業に取り組む企業は今後も出てくるのではないか」と話す。伝えたいメッセージがはっきりしているため、書店にも読者にも印象付けやすいのもメリットだという。

出版科学研究所の久保雅暖主任研究員は「ビジネス書はトレンドもわかりやすく、挑戦が容易。出版される点数も多いので、埋もれないように書店や読者へのPRが重要」と指摘する。ただ、出版事業を軌道に乗せるのは容易ではない。参入してもすぐに撤退してしまう企業も少なくない。「本づくりの経験を蓄積して、長い目で事業を育てていくような忍耐力も必要ではないか」と話している。