岸田文雄内閣の目玉政策「デジタル田園都市国家構想」を地で行く試みが、秋田の小さな町で始まっている。世界自然遺産、白神山地のふもと、八峰(はっぽう)町でテレワークと農作業の「複業」を体験する秋田県の新事業。新型コロナウイルス感染症のため都市部よりも「低密度」な農村への関心が高まる中、自分の仕事を農村へ持ち込みながら、農業でも副収入を得られる仕組みだ。11日からは対象を全国に広げて参加者を募っている。
2030年の理想像
「地方を活性化し、世界とつながるデジタル田園都市国家構想に取り組む」
岸田首相は8日の所信表明演説で、成長戦略の柱の一つとしてこう強調した。同構想は自民党が昨年まとめた政策提言「デジタル・ニッポン2020」で打ち出されたものだ。
提言は、「2030年の理想像」をこう描く。
《DX(デジタルトランスフォーメーション)の浸透でリアルな現場は効率化され、デジタルな仕事はリモートワークになっている。都市部の企業では社員の多くが地方に住み、都市部並みの収入で働いている…》
提言を事務局長としてまとめた牧島かれん現デジタル相は《コロナ禍によって、私たちはテレワークやオンライン授業を通し、場所に縛られない体験を得た。…東京一極集中型はむしろリスク要因にも》なると指摘。《2030年はどのような日本になっているだろうか》と問いかけた。
田園への社会実験
「今回の体験事業は、リモートワークの場所を田園に移せるかどうかの社会実験です」
秋田県農山村振興課の浅野旬一副主幹(45)はこう力を込める。
体験事業は、交通費5万円までと、農家民宿での2~3週間の素泊まりの宿泊費を県が負担。民宿でテレワークをしながら、町の観光協会が紹介する1次産業の仕事に従事する。当面は地元の特産、ネギの出荷作業やネギ畑の草取り(いずれも時給850円)で、冬場はハタハタの水揚げ後の作業もあるという。
先月から対象を県内に絞って募集したところ、秋田市内のIT企業の青年が応募。来月やってくるという。浅野さんは「起業家やフリーランスだけでなく、リモートワークできる企業の事務・技術系の社員に来てもらいたい」と語る。
都市住民がお手伝い
DXの進展によってオフィスワーカーがどこでもテレワークできるようになり、都市部の人々が代わる代わる全国の農山漁村へ出かけて、自分たちの「食」を支える場の手伝いをするようになれば、人口減少で深刻化する農山漁村の人手不足も無理なく解消できるとの期待が広がる。
デジタル田園都市国家構想について、デジタル庁の広報担当は「デジタルの実装を進めることで変革を起こし、地方と都市の差を縮めていく幅広い施策の集合」と説明。秋田県の試みは「政府の構想と方向性を一にする形で自治体での取り組みが行われるのはよいこと」と歓迎する。
体験募集の人数は計5人。募集要件は(1)自分の仕事をテレワークで持ち込める(2)農林漁業に興味がある(3)体験をSNSで情報発信できる―を全て満たす人。詳細は、八峰町観光協会ホームページ。
8年余り後の2030年、提言が描く田園でのテレワークが当たり前の社会となっているか。秋田の町の行方とともに、デジタル庁の手腕が注目される。