ザ・インタビュー

端的で鮮やかな日本語 片岡義男さん著『言葉の人生』

「『言葉と人生』だと当たり前。『言葉の人生』だと普通ではない感じが出ていいですね」とタイトルについて語る片岡義男さん
「『言葉と人生』だと当たり前。『言葉の人生』だと普通ではない感じが出ていいですね」とタイトルについて語る片岡義男さん

映画版もヒットした代表作「スローなブギにしてくれ」しかり、同名の女性3人らが織りなす出会いを紡いだ佳品「三人ゆかり高円寺」しかり。片岡義男さんの小説のタイトルには、読者の好奇心をくすぐる個性的な響きがある。

父は米ハワイ生まれの日系二世。英語と日本語が飛び交う環境で育ち、幼いころはノートに面白い日本語を書き出し読み返すのが楽しみだったという。文筆生活がゆうに半世紀を超えても変わらず、言葉に出会っては驚き、考え込み、面白がっている。本書はそんな作家の、88編の文章を収めた語学エッセーだ。

「日本語は面白いですよ。例えば『すかすか』という言葉に濁点がつけば『ずかずか』になる。この2つに論理的な結びつきはまったくない。現場ごとにふさわしい言い方を覚えないといけない」と話す。

「相当な量の日本語を書いてきました。ただ、どの言葉も使い回しで、自分が作った言葉は一つもないわけです。じゃあ、僕が使ってきた日本語はどういうものなのか? という問いが浮かび上がるんですね」

■ ■

土曜日などの午後が休みとなる〈半ドン〉という言い方が週休2日制とともに消えていったことをふと思い返し、〈置き配〉など日々遭遇する新語の数々も書き留める。街中のカフェで店員に〈お砂糖とミルクはよろしかったでしょうか〉と聞かれてとっさに応じられず、〈よろしかったでしょうか〉の前に何が省略されているのかを真剣に考え込んだという逸話も。かと思えば、小田急線の車両内で〈まもなくしての発車となります〉という車掌のアナウンスを耳にして、日本語の特徴について思索を深める。「『まもなく発車します』というふうに動詞をあらわにしない。むき出しの動詞が失礼にあたらないよう、隠そうとする。丁寧さを求め、正確さも失いたくない気持ちがきっとあるのでしょうね」

〈魔法〉と表現するカタカナ語をめぐる考察も興味深い。その先駆け的存在として挙げられるのがビル、ライス、テレビの3語。確かに駅ビル、半ライス…など漢字を巻き込みながら増殖し、至る所で見かける。

「何語であれ、カタカナ書きにしたとたんに日本語になってしまう。そういう内向きの力がある。最近では英語表記の〝日本語〟もあります。スーパーで『MAX50%OFF』って見るでしょう。昔風にいうと、最大5割引。あの表記は(外国人に)分からなくはないだろうけれど、多少奇異かな」。鋭い観察眼で私たちが深く考えずに口にしがちな常識にも揺さぶりをかける。「『よぼよぼ』という言葉がありますよね。使う年齢の幅はあるだろうけれど、言葉の音だけですぐにその人の様子が分かるでしょう? 日本語は曖昧だといわれるけれど全然そうじゃない。端的で鮮やかなんですよ」

■ ■

小説と同様、エッセーの文章も平明かつ新鮮で、不思議な明るさに彩られている。「決まり文句を使わない」という自己分析に、秘密の一端がありそうだ。

「日本語の能力試験があったとして、僕が試験を受けたら、65点くらいでしょう。照れでもなんでもなくて、合格スレスレ。これは結構なことで、90点になりたいとも思わない。65点のまま幅を広げたい」。既存の思考の枠組みに縛られたら知らない言葉を味わう柔軟性も失われていく。それだけに、楽しい発見が転がっている街中を歩く機会が制限される新型コロナウイルス禍は悩ましい。

「ふらっと気ままに出かけて人と話をしているのが一番いいかなあという気がします。アイデアはいろんなところにある。小説も人が出会わないと話にならないですから」

3つのQ

Q最近読んで面白かった本は?

「広重の浮世絵と地形で読み解く 江戸の秘密」(集英社)。江戸に関する本をよく読むのですが絵と地形の関係は面白い

Q日本語ではなく、英語で最も好きな言葉は?

主語の「I(私)」ですよね。すべての基本がそこにあるからです

Q自作小説で最も気に入っている題名は?

10ccという(英国の)グループの曲名から取った「人生は野菜スープ」。いいような、悪いような不思議な題。この題名で3つ短編を書いています

かたおか・よしお 昭和14年、東京生まれ。早稲田大在学中にコラムの執筆や翻訳を始める。49年に「白い波の荒野へ」で作家デビュー。翌年発表した「スローなブギにしてくれ」で野性時代新人文学賞。同作は直木賞候補にもなった。近著に短編集「いつも来る女の人」など。