【日本語メモ】丹精を込める - 産経ニュース

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日本語メモ

丹精を込める

校閲作業に欠かせない産経ハンドブック
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「戦艦大和という言い方はおかしい」とは、ある戦史研究者の弁です。「艦」という漢字はその1文字で「戦う船」を意味するから、「戦艦」とすると「戦う戦う船」のことになる。つまり「エンドウ豆(豌豆豆)」などと同様の重言というわけです。手元の漢和辞典で確かめると「艦」の意味として「いくさぶね。大型の軍船」とあり、「監は檻で、四方を板で囲む意味がある。艦は、矢や石を防ぐために四方を板で囲んだ、戦闘用のふねのこと」と解字が記されていました。ちなみにくだんの研究者は「軍艦大和が正しい」と言っています。

重言とは言えないまでも、少し気になる表現の一つとして「丹精を込める」が挙げられないでしょうか。最新の広辞苑(第七版・平成30年1月12日)によると「丹精」は「まごころをこめて物事をすること」とあり、用例として「丹精して育てた盆栽」「丹精を凝らす」「丹精を尽くす」があります。つまり「丹精を込める」とは、既に「まごころをこめて」いる状態に改めて動詞「込める」を付け足す表現です。ただ、「丹精」とは別に「丹誠」も載っており、「まことのこころ。まごころ。丹心。赤誠」を意味する。「丹誠」は「まごころ」そのものだから、「丹誠を込める」とは「まごころを込める」こと。こちらは違和感なく受け取れます。

「丹精」と「丹誠」に共通する漢字の「丹」には「ありのまま。まこと。まごころ」といった意味があるようです。すると今度は、「精」と「誠」の違いが気になってくる。辞典によると「精」の原義は「よくついて、白くした米」であり、そこから「まじりけのない」といった意味が派生して「まごころ」に通じるようになったとあります。一方、「誠」は訓読の「まこと」そのものであり、「うそのない心」を表す。要するに「丹精」と「丹誠」はいずれも「ありのまま」の「まごころ」と解釈して差し支えない。であるならば「丹精を込める」とは「ありのままのまごころを込める」ことですから、結局は容認できるのだと思います。

とはいえ、「よくついて、白くした米」という「精」の原義からは、より積極的で動的な印象を受けないでしょうか。仮に「丹精」を擬人化するなら、例えば「まごころをこめて一生懸命に米をついている姿」が目に浮かばないでしょうか。そこに本来は不要な「込める」を付け足す「丹精を込める」という表現。「丹精」なる言葉に本質的に宿る力を逆に損なうような気もします。(F)