「香川県独立」の数奇な歴史と渋沢栄一の右腕 - 産経ニュース

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「香川県独立」の数奇な歴史と渋沢栄一の右腕

知る人ぞ知る「香川県独立の父」中野武営(顕彰会提供)
知る人ぞ知る「香川県独立の父」中野武営(顕彰会提供)

明治時代に愛媛県から分県した「香川県」の誕生に尽力した政治家で実業家の中野武営(たけなか)(1848~1918年)を称える活動を行おうと「中野武営顕彰会」(佐伯勉会長)が3千万円を目標に募金活動を始めた。「香川県独立の父」とも称されるにもかかわらず、地元でも知る人が少ない歴史に埋もれた偉人。地元経済の礎を築いただけでなく中央政財界でも活躍し、渋沢栄一の右腕とも呼ばれた。顕彰会は、小学生向け偉人伝を出版し、令和6年秋に等身大の銅像を建てる計画だ。

藩士から官吏、政治家に

地元では親しみを込めて「ぶえい」さんと呼ばれる中野武営は高松藩勘定奉行の長男に生まれた。

廃藩置県の後、高松県や愛媛県に官吏で出仕。租税担当で頭角を現して内務省に登用され、農商務省で権少書記官になった。

明治14年に参議の大隈重信が薩長閥と対立して政府から追放された時期に、武営も農商務省を辞めている。「明治22年に国会開設」との詔勅が出されたときだ。

佐伯会長は「国会開設の前には憲法制定や議員選挙の前に選挙区確定がある。それまでに香川県を独立させるためには自分は何をすべきかを考えたはず」と推測する。

武営は大隈が結成した立憲改進党に参加したほか、東京で法律事務所を共同設立。その後、20年11月に愛媛県議選で当選し21年4月に県議会議長になった。

大隈重信(前列中央)夫妻が高松を訪れた際の記念写真。後列左から2人目が中野武営。玉藻城天守台で撮ったとされる(顕彰会提供)
大隈重信(前列中央)夫妻が高松を訪れた際の記念写真。後列左から2人目が中野武営。玉藻城天守台で撮ったとされる(顕彰会提供)

このころ、大隈外相をはじめ黒田清隆首相、松方正義蔵相ら関係の深い人物が政権の中枢におり、武営は東京で水面下での交渉を精力的に行っていたとみられている。

政府は21年11月に香川県(第3次)の設置を閣議決定。反対運動も起きたが12月に勅令が発布された。47都道府県目、最後の置県となった。

なぜ無名なのか

律令制の時代から四国に「讃岐国」が存在しながらも、小国ゆえの悲哀か、香川は明治政府の専権で併合、分離を繰り返した。

4年7月に廃藩置県で高松県と丸亀県が誕生し、11月に合併して香川県(第1次)、6年2月に名東(みょうどう)県(徳島県と兵庫県淡路島)に併合。8年9月に分離して香川県(第2次)となるも9年8月に愛媛県と併合した。

高松市には支庁が置かれるが2年後には出張所に格下げ。佐伯会長は「愛媛県民とも徳島県民とも価値観は合わなかった。例えば、土木と教育の予算配分で考えが全く違う。愛媛の本庁は遠く、県庁がないと街に活気が出ない。独立を望む空気は根強かったはず。今も愛媛県の一部であれば、香川はここまで発展することはなかっただろう」と話す。

では、なぜ「香川県独立の父」の功績は知られなかったのか。武営に詳しい歴史研究家は次のような点を指摘する。

香川の独立運動を詳細に記録している公文書がない▽隠密裏に進めないと反対派を刺激する▽武営は自身の手柄を自慢するような人物ではない-。

「渋沢栄一の右腕」

香川県独立を果たした後の武営は、衆院選香川1区で連続7期当選、晩年は東京市議会議長として市政改革に貢献した。

同時に実業家としても活躍し、地元では香川新報社(現・四国新聞)創立や、高松百十四銀行、高松電灯株式会社(現・四国電力)、高松電気軌道(現・高松琴平電気鉄道)などの設立に関わっている。

さらに、東京株式取引所理事長や、渋沢栄一の後任の2代目東京商業会議所会頭兼全国商業会議所連合会長(現・日本商工会議所会頭)も務めたことで「渋沢の右腕」と称されることもあるという。

「香川県独立の父を少なくとも県民には知ってほしい」と話す中野武営顕彰会の佐伯勉会長=10月1日、高松市
「香川県独立の父を少なくとも県民には知ってほしい」と話す中野武営顕彰会の佐伯勉会長=10月1日、高松市

70歳で病に倒れ、生涯を閉じた。渋沢は「私は故人において理想的な後継者を見いだした。その早き死を悼む」、大隈は「またとなき親切な友。実業上、功績の大なることは多言を要しない」と、追悼の辞を送った(薄田貞敬編「中野武営翁の七十年」)。

武営の人物像について、佐伯会長は「祖父の代まで骨董(こっとう)店をしていた家で、武営は士魂商才を体現している人物」。直系の玄孫(やしゃご)に当たる中野肇さんは「曲がったことは正さないといられない性格や、目立つことは好まず信頼できる人がいれば自分は黒子に徹するところも代々引き継がれている」などと、顕彰会の会報につづっている。

節目の年に設立

平成30年が香川県独立130年、武営没後100年の節目の年に当たったことから、顕彰会が設立され、パネル展やシンポジウムが行われた。

顕彰会では、小学生向け「武営伝」全3巻の出版とDVD化、デジタルアーカイブ・データベース構築を実現させ、令和6年の命日の10月8日に銅像の除幕式を行う活動計画。銅像は玉藻(高松)城跡が望める場所を選定中だ。

かがわ県産品コンクールで知事賞に輝いた和洋折衷の焼き菓子「武営さん」
かがわ県産品コンクールで知事賞に輝いた和洋折衷の焼き菓子「武営さん」

コロナ禍で活動を中断していたが9月から募金活動を始めた。また、生誕地と同じ町内に本店を構える「かねすえ」の焼き菓子「武営さん」は今年度の県産品コンクール知事賞に選出された。郷土の偉人を再評価する機運は着実に高まっている。(和田基宏)