朝晴れエッセー

見果てぬ夢・10月9日

半世紀以上も前の話である。私が小学校に通っていた頃、クラスメートの中に社長令嬢がいた。

彼女の家には左ハンドルの大きな車が鎮座しており、時折、庭越しに聞こえてくるピアノの音色は私を別世界へと誘った。

長じて、日の当たる部屋で妻の奏でるピアノを聴きながら、コーヒーをすすることが私の夢になった。

ところが、私が生涯の伴侶と定めたのは、ピアノとはおよそ無縁の白衣が似合う医療系の女性であった。

彼女と華燭(かしょく)の典(てん)を挙げて、一度は封印したはずの夢が、娘が生まれ、まだ幼き頃の娘の「ピアノを習いたい」との一言でにわかに現実味を帯びてきた。

当時、家のローンを抱えながらも、娘のために中古のピアノを購入して、来るべき日を楽しみにしていた。

しかし、親の心子知らずである。長女は中学校に進学すると吹奏楽部に入部してトランペットの練習に励むようになり、ピアノのレッスンに通わなくなってしまった。

悲しいかな、なけなしの金で手に入れたピアノはほこりをかぶり、やがて物置と化した。

この哀れなピアノの姿を目の当たりにしたとき、「精神一到、何事か成らざらん」と一念発起して、娘に基礎を習い独学でピアノを弾くようになった。

あれから二十有余年、たどたどしくも、ようやく両手で何曲か弾けるようなレベルになった。

今は、その横で妻がコーヒーをすすってくれている。

小越良夫 62 京都府向日市