堺の名物として知られるアナゴが今、大阪市南部と堺市を結ぶ路面電車「阪堺電車」の駅弁として期間限定で販売されている。その名も「ちん電あなご寿司(ずし)」。かの美食家、北大路魯山人(1883~1959年)をもうならせた堺の郷土料理をPRしようと、アナゴ加工販売店が発案した。大阪湾の堺近海ではかつてアナゴ漁が盛んで、港近くには多くの加工店が軒を連ねたが、近年は漁獲量が減少。関係者は「『アナゴはあそこの店がうまい』というように、市民の会話に出てくるような食文化にしていきたい」と意気込んでいる。
1日300個販売
「新型コロナウイルス禍でなければ、アナゴずしの駅弁を売り出すことはなかった」
こう話すのは、堺市堺区のアナゴ加工販売店「松井泉」社長、松井利行さん(52)。駅弁の仕掛け人だ。
コロナ禍以前は、阪堺電車を運行する阪堺電気軌道(本社・大阪市)とタッグを組み、貸し切りの車内でアナゴ料理を堪能するイベントを開催。だが、昨年来の感染拡大で、密になる空間で飲食を伴うイベントはできなくなった。
そこで思いついたのが駅弁だった。無人駅ばかりで営業距離も短い路面電車では、駅弁で商機を見いだすのは難しい。それを逆手に「チンチン電車初」のうたい文句を掲げ、120年を超える阪堺電気軌道の歴史で初の駅弁を生み出したのだ。
昨年10月、阪堺線の終着駅である浜寺駅前駅(堺市西区)に電車で訪れ、そのまま浜寺公園を散策しながら駅弁を味わってもらうというコンセプトで「ちん電あなご寿司」を発売。11月の最終日は、用意した300個が「1時間かからずに売り切れた」(松井さん)という。
「うまいのは堺近海」
「穴子のうまいのは堺近海が有名だ」。堺のアナゴについては、食通と知られた芸術家、北大路魯山人が著書でこうたたえている。
堺の出島漁港ではアナゴ漁が盛んで、港に近い「穴子屋筋」と呼ばれる通りには多くの専門加工店が並んだという。だが、漁獲量の減少とともに、アナゴの食文化も衰退。危機感を覚えた松井さんは、約10年前からアナゴ料理の魅力を伝えようと奮闘してきた。