一聞百見

三足のわらじを履く幕末維新史研究者 木村幸比古さん

剣を抜き心を整える

半世紀にわたり鍛錬を続けてきた居合道。「剣を抜いて心を整えてきた」と語る木村幸比古さん=京都市西京区(渡辺恭晃撮影)
半世紀にわたり鍛錬を続けてきた居合道。「剣を抜いて心を整えてきた」と語る木村幸比古さん=京都市西京区(渡辺恭晃撮影)

シュッ、シュッ。刀が空気を切る音だけが聞こえる空間で、道着姿で折り目正しい所作を繰り返していく。研究者として幕末・明治維新を語るときや、神社の宮司としての穏やかさとは打って変わって、道場での姿は真剣そのものだ。

「こんなに難しい武道はないが、こんなに楽しい武道もない」と、額の汗をぬぐった。「動く禅」とも呼ばれ集中力が必要とされる居合道。坂本龍馬の研究をしていた20代のころ、高知の流派を起源に持つ居合を紹介されたことから始めたが、大学時代に取り組んだ少林寺拳法とは全く違うものだった。「自分と対峙(たいじ)をしなければならない。少林寺拳法と違って相手がいないから、手を抜くこともできるし全て自分次第」と難しさを語る。

「多いときで年間5万回は刀を抜いたかな」。道を極めるために、朝も夜も脇目も振らずに剣を抜き続けてきたという。出張先ではボールペンを剣に見立てて抜刀するほど。そんな生活を送り続けて20年ほど過ぎたとき、これまでと違う景色が見えるようになった。

大学時代に熱中した少林寺拳法で見事な技を繰り出す木村幸比古さん(右)=本人提供
大学時代に熱中した少林寺拳法で見事な技を繰り出す木村幸比古さん(右)=本人提供

「切ったときに空気が分かれて真空が出来上がるのが見えるときがあるんですよ」

研究者としてこれまでに幕末・明治維新にまつわる書籍を100冊ほど執筆してきた。ときには、部屋の天井まで積み重なるほどの膨大な資料を読み解きながらペンを握ることもあったが、納得のいくものが書けなかったり出版しても売れなかったりしたこともあった。

大学時代、少林寺拳法部の主将を務めた木村さん(本人提供)
大学時代、少林寺拳法部の主将を務めた木村さん(本人提供)

そんなときの心の支えが居合道だった。「剣を抜いて心を整えてきた」

令和2年にはこれまでに50人足らずという居合道最高位「範士八段」に到達した。それでも「基本は型にあり、自分の間(ま)を理解することが求められる。まだまだ道半ばですよ」と貪欲に先を見据える。

今も自宅敷地内に構える道場で、自身の鍛錬だけでなく、多くの弟子への稽古指導に努める。

研究者としては、9月中旬に世界遺産・仁和寺(京都市右京区)で公開された「戊辰戦争絵巻」のデジタル彩色で時代考証に携わったほか、10月には、京都・壬生寺など新選組ゆかりの関西の地についてまとめた本の出版を控える。宮司としても、お宮参りに七五三、初詣…とこれからも多忙な日々が続く。「信仰してくれる人がいる限り、伝統をこれからも守り続けていくつもり」

73歳となったいまも三足のわらじを履きこなしてきた秘訣(ひけつ)を問うと、明快な答えが返ってきた。

「穴を掘るときには入り口にロウソクを立てる。自分を信じてまっすぐ道を掘り続ければどこまで行っても光が見えてくる。そう信じて諦めずに努力してきた。それだけです」

【プロフィル】きむら・さちひこ 昭和23年、京都市生まれ。国学院大卒業後、霊山護国神社の神職を務める。50年からは霊山歴史館の学芸員となり学芸課長、副館長などを歴任し、令和2年秋に学術アドバイザーに就任。平成3年には功績が評価され文部大臣表彰を受賞した。幕末維新史研究者としての知見を生かし、「龍馬暗殺の謎」(PHP新書)など多数執筆。NHK大河ドラマや歴史番組などでの時代考証・監修も務める。全日本剣道連盟居合道範士八段。