【家族がいてもいなくても】(705)忘れ物とアップルパイ - 産経ニュース

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家族がいてもいなくても

(705)忘れ物とアップルパイ

イラスト・ヨツモトユキ
イラスト・ヨツモトユキ

大宮に出掛けたついでにふらっと、新幹線に乗った。

ちょっとだけ軽井沢に寄り道して帰りたくなったのだ。

そう、あの場所に自分がなんだか忘れ物をしてきている、そんな気分に襲われたのだ。

実は、晩年の父と2人で長く暮らしていた頃、老いた彼はどこかへ行きたくなると、「軽井沢にでも連れていってやるか」と、よくつぶやいた。

そうつぶやいたときは、父のおごり、ということ。そして、大正生まれの彼にとって、軽井沢といえば「万平ホテル」だった。

おかげで、私はこの明治時代からあるというレトロなホテルに父と泊まることになるのだった。

このホテルには、ジョン・レノンがこよなく愛したアップルパイがある。おしゃれな森のテラスでそれを食べるのが、私にはすごくうれしかった。

ただ、ホテルに来ても、その頃の父は、もう散歩にも出ず、テラスでコーヒーを飲みながら、黙って座っているだけだった。

が、塩沢湖だけには行く気になるので、一緒に行く。

そこでも湖畔のほとりのベンチに彼は延々と座っている。しかたがないので、私は1人でボートに乗ったりして遊んでいた。

よくよく考えると、一度だけ、あの塩沢湖に、父と私と不登校中だった息子と3人で来たことがあったな、と思い出した。

そのとき、息子が何も言わず湖を眺めている父に寄り添うようにして延々と本を読んでいた。

当時は、まだ父のおごりではなかったので、3人で格安の旅館に泊まった。夜には、私と息子とでパソコンを使って、録音テープの文字起こし競争などをした。

学校に行かなくても、文字起こしのスキルを得れば在宅で食べていける、なんてことを私は思っていたのだ。

でも、今となれば、あの頃が家族としての幸せというか、けなげさというか、そういうものに満ちていたような気がする。

父の「軽井沢にでも連れていってやるか」のつぶやきには、その日の幸せな記憶があったせいだったのかもしれない。しかし、今となっては謎のままだ。

思えば、ある精神科の医師が言っていた。「子供ってのはさ、親のなした人生の謎を解くために生きてしまうもんなんだよ」と。

そんなわけで、父と過ごしたホテルのテラスで、アップルパイを食べながら、私はほんの少し忘れかけていたなにかを取り戻した気分になったのだった。

(ノンフィクション作家 久田恵)