30年間変わらなかった日本の賃金 首相が掲げる所得倍増には課題山積

緊急事態宣言が解除。雨の中通勤する人たち=1日午前8時29分、JR東京駅前(酒巻俊介撮影)
緊急事態宣言が解除。雨の中通勤する人たち=1日午前8時29分、JR東京駅前(酒巻俊介撮影)

岸田文雄首相の所信表明演説では、働く人への分配機能の強化についても強調した。企業による賃上げを促し、中間層を拡大することで成長につなげる狙いだ。ただ、賃金の引き上げは第2次安倍晋三政権の強力な経済政策「アベノミクス」でもほとんど実現できなかった、日本経済が抱える難題だ。賃金が上昇しない背景も多岐にわたるとされ、岸田氏が掲げる「令和版所得倍増」へ、取り組むべき課題は山積している。

「どの程度の賃上げを求めているのか…」。ある外食大手の担当者は困惑する。新型コロナウイルス感染症で外食産業は大きな打撃を受けており、賃上げへの余力は乏しい。一部で指摘される人手不足も「早期退職で職を失った人の採用ができており、今はそれほどでもない」と語る。

同社に限らず賃上げに後ろ向きな企業は多い。経済協力開発機構(OECD)の統計を見ても、この30年間で米国や英国などで平均賃金が4割以上増えているのに対し、日本は横ばいだ。この間、最も増えた平成17年の増加率は2・6%。この割合で今後賃金が増え続けたと仮定しても、倍増するには28年かかる計算で、同担当者は「いつまで総理をやるつもりなんでしょうね」と冷笑する。

分配を促すため、岸田氏は所信表明で「賃上げを行う企業への税制支援を抜本強化する」と述べた。ただ、東京財団政策研究所の森信茂樹研究主幹は「減税だけで賃金を上げろといっても無理がある」と効果を疑問視する。既に中小企業を対象に、賃上げ分の15~25%を法人税から減額する「所得拡大促進税制」があるが、企業の賃上げにはあまり結びついていないとされるからだ。

森信氏は「賃上げには企業がモノやサービスの値段を上げられる環境をつくる必要がある」と指摘。値上げができない背景には、消費者の将来不安があるといい、社会保障制度などを見直さない限り、今の流れは変えられないという。

賃金が上がらない理由はほかにもある。年功序列や終身雇用など根強い日本型雇用が、転職などをしにくくしているほか、労働組合の弱体化が、企業が内部留保をためこむのを許しているとの指摘もある。

将来不安は企業にもある。リーマン・ショックや東日本大震災、新型コロナなど、数年ごとにおきる経済リスクが企業をより慎重にさせている側面もあり、第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストは「企業の意識を変えるには成長戦略が重要。賃上げをしても後から成長がついてくるという安心感を与えられるようなものにすることが求められる」と話している。(蕎麦谷里志)

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